埼玉県の和菓子メーカー・株式会社梅林堂(本社:埼玉県熊谷市本石1-304、代表取締役社長:栗原良太氏)が2021年から展開している「若手クリエイター共同制作企画」。前編では、同社の組織文化や、この企画が生まれた背景などについて、栗原常務、飯田氏に語っていただきました。後編では、FFGSも参画した第4弾(2024年)の製作過程や仕上がりの評価、さらには、ブランドオーナーから見たデジタル印刷の可能性や、印刷業界への期待についても伺います。

繊細な手描きのイラストを、いかに印刷で再現するか
――今回FFGSも参加させていただいた、「若手クリエイター共同制作企画」の第4弾について。まず作品創作の経緯から教えてください。

栗原常務 第1弾から第3弾までは、私たちからクリエイターの方にオファーをさせていただいていたのですが、今回は、阿部広夢さんの方からお声がけをいただきました。阿部さんは埼玉県行田市出身の現代アーティストで、カラフルな色づかいや不思議な形の生物など、独特な世界観の作品を多く創っている方です。第4弾のパッケージデザインにあたっては、商品コンセプトにある「お母さんの心の温かさ」という言葉から発想を広げ、「母性を廻る旅」というテーマで創作していただきました。
飯田氏 作品は色鉛筆で描かれていて、色彩が豊かで、筆圧もしっかり出ていてとても繊細なものでした。ただ問題は、この手描きの作品をどのようにして印刷で忠実に再現するか。原画がアナログなので、高性能なスキャナでデータ化した上で印刷することになりますが、そのときに、色鉛筆の繊細なタッチや阿部さんならではの鮮やかな色彩をしっかりと再現できるかどうか。しかも小ロットで。私は印刷会社に勤務していた経験があるので、ある程度の知識は持ち合わせているつもりなのですが、原画をいただいたとき、正直、途方に暮れてしまいました。しかし同時に、“手描きの作品を上手く印刷で再現するノウハウ”を身につけるいい機会だとも思いました。このような経験は、新しい価値を生み出していく上でとても大事だなと。
――FFGSにお声がけいただいたのは、どのような経緯で?
飯田氏 まず、お付き合いのある印刷会社さん数社に相談してみたのですが、皆さんそもそもスキャナを持っていないんですね。それで、どうしようかと考えていたところ、いえだゆきなさんがFFGSさんとのコラボ企画で製作したという絵巻物を思い出したんです。デジタル印刷機でごく少部数をつくられたということで、実物を見せていただいたところ、仕上がりが非常にきれいで驚きました。そこで、このような技術や知見をお持ちのFFGSさんに相談すれば、いいアドバイスがいただけるのではないか、この絵に新しい価値をプラスすることができるのではないかと考えたわけです。
特殊トナーを使うことで“意図どおりの色”に。その再現性に驚き
――FFGSとしても、ブランドオーナーの方から直接このようなお話をいただけるのは貴重な機会ですので、迷わずご協力させていただくことにしました。企画の趣旨やご相談内容を伺ってから、スキャニングに対応できる印刷会社さんをご紹介するとともに、本社ショールーム『Solution Design Lab.』で、お二人の立ち会いのもと、「阿部さんの作品をデジタル印刷でどこまで再現できるか」の検証をさせていただきました。Revoria Press PC1120での出力検証の印象はいかがでしたか?
栗原常務 まず、スキャンしたデータを、何種類かの用紙に出力していただき、紙の風合いとデザインとのマッチング、色味の違いなどを確認させていただきましたが、その段階で、PC1120の再現性の高さに驚かされました。色鉛筆の原画と遜色ないどころか、原画を超える仕上がりでしたから。
飯田氏 とくに、グリーンの色味がとてもよく出ているのが印象的でした。グリーン系の色は印刷での再現が難しいという感覚だったのですが、PC1120では、最初から原画に忠実に出ていて、この再現性は予想以上でしたね。また、特色も使えるということで、シルバーを隠し味的に入れていただいたのもよかったと思います。圧巻だったのは、絵の中に出てくる『やわらか』のピンク色の再現。最初にCMYKで出していただいたときは“普通のピンク”で、きれいではあるけれど“食べ物のピンク”ではないなと。それをお伝えしたら、特色のピンクトナーを使ってみましょうとご提案をいただきました。ピンクトナーを加えたら、驚くほど色味が変わりましたね。ちゃんと美味しそうな食べ物のピンクになったのは見事でした。しかも、そのトナーの使用量を何段階かに調整することで色味の調整ができるというのも、私にとっては心躍るような新しい体験でした。
栗原常務 当社ぐらいの規模の会社で、しかもクリエイターコラボのような企画では、それほど多くの部数はつくれません。でも品質にはこだわりたい。そんなときに、PC1120のようなデジタル印刷機は最適だと思いました。最近は、大量に安くつくることよりも、希少性というところに価値が見出される時代になってきていますから、今回のように小ロットでいいものがつくれるということは本当に素晴らしいですね。今後もデジタル印刷は積極的に活用したいと思います。
――完成した限定パッケージ第4弾の反響はいかがでしたか?
栗原常務 ご購入された方の声を直接お聞きすることは難しいですが、オンラインでの購入履歴を見ると、関東圏だけでなく、秋田県、宮崎県、岡山県など、遠方の方も多くいらっしゃいました。『母性を廻る旅』というテーマや、この阿部さんの作品から、皆さんそれぞれに何かを感じてくださったのだと思います。
飯田氏 お客さまの声は、伏流水のように、しばらくしてから何かの形で滲み出てくるのではないでしょうか。何年か後に、ふとしたきっかけで、「あのときの限定パッケージ、私買いました!」といった形で私たちのところに届くのだと思います。


コラボ企画はインナーブランディングにもつながっている
――とくに、このパッケージに惹かれて買われた方にとっては、他にはない特別な価値を持つものになりますよね。より強く印象に残るでしょうし、箱をとっておく方もいらっしゃるでしょう。
飯田氏 そうですね。さらに言えば、お菓子のパッケージとアートの融合というのは、会話のきっかけになったり、人と人とのつながりを広げたりする力を持つと思うんです。たとえば、好きなイラストレーターさんの作品をポスターで買ったとしたら、自分の部屋に貼って楽しむことがほとんどですよね。それも素敵なことですが、その絵がお菓子の箱になっていれば、たくさん買って人に配ったりすることができる。もらった人も、絵の好みに関わらず、お菓子が入っていれば嬉しいでしょう。ご家庭でも、食卓に置いておくと、お母さんが「あら、可愛い箱じゃない」と言って、そこから会話が広がっていくかもしれない。買った人の満足だけで終わらないのが、「お菓子×アート」ならではのパワーだと思っています。

――それは、つくり手にとっても嬉しいことですよね。この若手クリエイター共同制作企画を始めてから、社内で何か変化したことはありますか。
栗原常務 私が感じているのは、人をより意識するようになったということです。いままでは、ひたすらお菓子と向き合って、その結果出来上がったお菓子をお届けする、というイメージでしたが、いまは、「このお菓子を手に取った人がどう感じるか」を意識しながらお菓子づくりができるようになってきました。それはパッケージのデザインも同じで、購入される方がどういう年齢層の方でどんな時に利用されて…というところからディスカッションを重ねながらつくるようになっています。
飯田氏 店舗の販売員にも、意識面の変化が出ているようで、「このような特別感のある商品があると売る楽しさが増します。いつもと違うものをお勧めできるのは販売員として嬉しいことです」という声をもらっています。お客さまももちろん大切ですが、そのお客さまと接する販売員も大事な存在。自分の会社や自分たちの商品に誇りを持って働いてほしい。その点、この企画は社員のモチベーションアップ、インナーブランディングにも役立っていると思います。

ブランドオーナーは“印刷でできること”をもっと知りたい
――パッケージづくりでは、広告代理店などを通さず、印刷会社と直接やり取りをされていると伺いました。最後に、印刷会社あるいは印刷業界に期待することなどがありましたらお願いします。
栗原常務 製袋や抜きなどの加工も大事ですが、パッケージの美しさをつくり上げてくれるのは印刷だと思っています。たとえば色味にしても、ただ「見本に合わせる」だけでなく、デザインの目的や、伝えたいメッセージ、使うシチュエーションなどを踏まえ、より良い色を出す方法、効果的な表現方法を提案していただけるとありがたいですね。一緒に考え、工夫して、イメージ通りのものが仕上がったときの喜びを、印刷会社の方とも共有したいと思っています。
飯田氏 季節限定や地域限定のオリジナルパッケージを小ロットでつくりたいというお菓子メーカーさんはたくさんあると思います。でも、多くの会社は、現実的な価格で小ロット生産する術を知らず、諦めてしまっているのではないでしょうか。たとえば、トムソン箱のパッケージをつくろうとした場合、経済価格になるのは5,000部ぐらいからですが、数店舗しか持たないお菓子屋さんが売り切るには何年かかかってしまいます。そのときに、小ロットでつくる方法を提案いただけることはなかなかありません。印刷会社さんとしては、効率性などの面であまり積極的になれないのかもしれませんが、時代のニーズからすると、こうした部分は今後変わっていかないといけないところではないかと思いますね。
栗原常務 印刷に関する情報は、クリエイターの方も含めて、意外と知られていないのが現状ではないかと感じています。我々自身ももっと勉強しないといけませんが、印刷会社さんからも、印刷発注者やデザイナー向けのセミナーなどを通じて、積極的に情報を発信していただけるとありがたいですね。
飯田氏 私自身は、印刷立ち会いのときに、現場の方に根掘り葉掘り聞きながら勉強させていただいていますが(笑)、まだまだ知らないこともたくさんあります。実際に今回、FFGSさんのショールームで最新のデジタル印刷技術に触れてみて、いろいろ驚きがありましたし、「こんなこともやってみたい」という新たな構想も膨らんできました。当社に限らず、「印刷で何ができるか」を知れば、新しいアイデアが出てくるでしょうし、いままで諦めていた企画を動かすきっかけにもなるかもしれません。それは、印刷会社さんにとってのビジネスチャンスにもなるのではないでしょうか。
――“いまの印刷技術でできること”を、いかに広く伝えていくかというのは、印刷業界にとって重要なテーマの一つかもしれないですね。FFGSもその一助となれるよう、いままで以上に業界内外への情報発信に力を入れていきたいと思います。貴重なお話をありがとうございました。
