株式会社天理時報社(本社:奈良県天理市稲葉町80番地)は2025年に創業100周年を迎える、学習参考書などの印刷を中心に事業を展開する老舗総合印刷会社です。コロナ禍を経て、地元に根ざした地域貢献性の高い仕事が増える中、ITを積極的に導入・活用することで「モノづくりの会社」から「お客さまのお困りごとを解決する会社」への転換を進められています。「ITと印刷の未来」をテーマにしたインタビューの第3回目は、社内で新たなチームを立ち上げ、そこで開発・提供するITと印刷を組み合わせたソリューションで、地元商店街を活性化するなどの成果を挙げている同社 代表取締役専務・辰巳 博一氏に、富士フイルムグラフィックソリューションズ株式会社(FFGS)広報宣伝部 部長 前田 正樹がお話を伺いました。
来年で創業100周年!「モノづくりの会社」から「お客さまのお困りごとを解決する会社」へ
前田:最初に、御社の概要や辰巳専務のご経歴などを教えてください。
辰巳専務:天理時報社は大正14年(1925年)5月創業、来年100周年を迎える総合印刷会社です。「薄紙」の印刷を専門にしており、その中でも出版系の仕事をメインにしています。製版から印刷、製本まで一貫して自社工場で行っています。学習参考書関係の出版社様が主なお客さまであり、従業員数は約170人です。
以前は、地元に関連する仕事はあまり多くありませんでした。しかしコロナ禍の中で、ワクチン接種券や地域活性化のためのクーポンなど、地元に根ざした地域貢献性の高い仕事が増えてきました。そのような変化の中で、当社は「モノづくりの会社」から「お客さまのお困りごとを解決する会社」への転換を積極的に進めています。
私は新卒で天理時報社に入社しました。最初は製版の現場に入り、アナログレタッチ減力作業からスキャナー・セップス(商業印刷用カラー画像処理システム)のオペレーションを経験。その後、四六全版4色機の機長、工務、取締役制作部長、取締役製造本部長、取締役営業本部長、グループ会社の取締役常務などを経て、2023年9月に代表取締役専務に就任しました。約30年前には、日本に出荷する印刷物の品質管理のため、アメリカの印刷会社へ3~4カ月間の長期滞在出張を3年にわたって繰り返すという経験もしてきました。
前田:辰巳専務は、「お客さまのお困りごとを解決する」ために、自らIT関連事業を立ち上げ、推進されていると伺っていますが、ご自身の経験の中で影響が大きかったのはどのようなことでしたか?
辰巳専務:そうですね、私のキャリアが製版部門から始まったことが影響しているかもしれません。前田部長もよくご存じのとおり、印刷会社の中で最初にコンピュータ化が進み、業態変革がすさまじかった部門が製版でした。そこで一度大きな変革を経験していたため、それ以降も新たな技術に対して抵抗なく取り組めたのだと思います。
さらに、さまざまなことに興味を持ち、それを活用したくなるという私の性格も関係していると思います。アメリカに長期出張していた約30年前、現地の印刷会社ではMacintoshが大量に使われていたのを見て、自分でも購入しました。当時、プリンターも導入して100万円ほどかかったでしょうか(笑)。スマートフォンを天理時報社で最初に使ったのも私でしたし、当時まだあまり使われていなかったYouTubeなどを営業会議で紹介するなど、興味を持ったことは調べてビジネスにつなげる方法を考えていました。
そしてIT関連事業を立ち上げたのですが、私が最初に手掛けたのはデジタルブックでした。当社で印刷している冊子などのデジタルブック化をお客さまに提供しようと考えていましたが、スタートしてみると営業に売ってもらうことができませんでした。当時は印刷の仕事がたくさんあったので、デジタル系の商材は営業に興味を持たれにくかったです。この取り組みを通じて、「営業が関心を持ってくれないもの、売ってくれないものは成就しない」ということを学びました。
チームで企画・提供した印刷とITを組み合わせたソリューションで、地元商店街を活性化
前田:営業の方々にデジタル系の商材を提案・販売していただくため、どのような取り組みをされたのでしょうか。
辰巳専務:私が営業本部長だったとき、社内に「デジタルソリューションチーム」を立ち上げました。動画・映像制作をはじめ、アプリやWebサイトの制作などデジタル分野の業務に幅広く対応するためのチームです。このチームを通じて、「私たちは印刷会社だが、モノづくりのために仕事をしているのではない」「印刷やアプリ、動画、Webサイトなどは、『お客さまのお困りごとを解決する』ための手段である」「私たちは、『お客さまのお困りごとを解決する』会社だ」という意識への転換を、営業はもちろん全従業員に対して進めてきました。
現在は、名前からデジタルを取って「ソリューションチーム」として活動しています。「デジタル」はあくまでも手段の一つであり、デジタルにこだわらずお客さまのお困りごとを解決していくのだということを強調したのです。このチームでは、さまざまなお困りごとの解決策に加え、営業の方向性、あるいは天理時報社の今後の方向性なども検討しています。
「ソリューションチーム」は会社組織の中の部署・部門ではなく、部署・部門を横断したメンバーで結成しています。メンバーは現在10名で、全員がチーム発足以前から当社に在籍している従業員です。ITに強い人材をこのチームのために中途採用した、ということはありません。従業員の中でいろんな意識や感覚を持っている人たちに、私が声をかけて集まってもらいました。チームの平均年齢は40歳ほどで、営業担当者だけでなく、アプリ制作や製版など現場の担当者も加わっています。
前田:ソリューションチームでは、これまでにどんなお困りごとを解決されたのでしょうか。
辰巳専務:例えば、天理駅前に奈良県最長の商店街「天理本通り商店街」があるのですが、この商店街を活性化したいが、何をすればよいかというご相談を受け、定期開催イベント「天理本通りマルシェ『本ぶらサンデー』」を企画し、実施運営も担当しました。毎年5月・11月の2回開催し、物販のお店やキッチンカーが並んだり、パフォーマンスが行われたりします。2022年5月に開催された第1回では、約2,000人にご参加いただくことができました。
天理時報社は「本ぶらサンデー」の企画・運営に加えて、プロモーションツールとしてB2サイズポスター、DMハガキ、会場マップなどの印刷物の企画・制作、イベント専用アプリやWebサイト、Instagram、動画広告などのデジタル媒体の企画・制作も行いました。また、キャンペーンサイトを活用したアンケート調査も実施。印刷とIT・デジタル媒体の両方を活用しイベントを支えたのです。当時、アプリの作成・運用については、「ITと印刷の未来」第1回インタビューでお話された株式会社ウイズさんにご協力をいただきました。
アプリ制作を内製化することで、お困りごとを解決する力をさらに強化
前田:以前お話を伺った際、「当社の営業部門の後ろに(アプリ制作を依頼できる)IT会社がいることが安心感になっている」とお聞きしました。今でも、アプリ制作は外部の協力会社様に外注されているのでしょうか。
辰巳専務:当時は外部の協力会社様に依頼していましたが、それは当社のIT活用にとって序章でした。現在は2023年10月に立ち上げた「Make Code Room」という部署でアプリの内製化を進めています。なんと言ってもわれわれはモノづくりの会社なので、自社でアプリ制作ができないと営業活動をしにくいという課題もありました。
メンバーは4名で、室長1名、営業技術1名、オペレーター2名という構成です。室長以外は30代という若い部署で、メンバーのうち2名は前述のソリューションチームにも参加しています。営業技術担当者は、お客さまのお困りごとを自分で見つけて、自分でアプリを作って営業をしに行くこともありますね。Make Code Roomのメンバーには、営業から言われたとおりの仕様のアプリを作るのではなくて、自分たちで考えて作ってくださいと伝えています。以前、ピアノ教室のメンバーズカードアプリを作りたいというご相談をいただいたとき、既存のメンバーズカードアプリをいろいろ調べた上で、お客さまにとって最適だと考えたものをご提案しました。Make Code Roomでは、こうしたお客さまへの提案状況や進捗状況、お客さまのお困りごと、お客さまからのフィードバックなどを共有する会議を毎週開催しています。
また、2023年10月以降は、Make Code Room主催で毎月1回、営業との合同会議も行っています。制作中のアプリやWebサイト、顧客へのアプローチの状況、予算面なども含めたアプローチ先からのコメントなどを共有するための会議ですが、ここには営業全員の出席を義務付けています。デジタル系の仕事にまだ関わったことのない営業に、今後どのようにお客さまに対して提案を行っていくのかをレクチャーする機会になっています。自分が担当していない案件でも、他の人の話を参考にイメージして、明日からでも実践できるようにする、という意識で参加するよう伝えています。
この会議は、社長も必ず毎回出席しています。報告事項をまとめてから共有するよりも、「今」みんなが取り組んでいることをその場で共有することが大切だと考えているからです。さまざまな意思決定を迅速に、スムーズにできることもメリットですね。
前田:具体的に、どんなアプリを内製しているのかご紹介いただけますか。
辰巳専務:自社オリジナルで開発・提供したアプリには、例えば2023年10月にリリースした「てんりイートも」があります。天理の「お店」と「人」をつなぐことを目的にしたアプリで、天理のおトクなお店をカンタンに検索できたり、天理の観光スポットやイベントを見つけたりすることができます。リリース当初は約50店舗の掲載からスタートしましたが順調に掲載店数が増えており、利用者数も増加しています。
「てんりイートも」は、「本ぶらサンデー」がきっかけとなって生まれたアプリです。「本ぶらサンデー」が好評だったため、当社は商店街と良好な関係を築くことができました。この関係性をベースに、私たちは商店街の各店舗のお困りごとを解決しており、さらに人が活きるような、商店街を活性化するようなご提案を進めており、その一つが「てんりイートも」アプリでした。
前田:私も、地域活性化を持続・拡大していくためには、「次」のシナリオをつくる力、ストーリー構築力が重要だと考えています。それがないと1回限りのイベントで終わったり、単なる繰り返しになり発展が望めなくなったりしますから。イベントの結果を分析して、ブランド力を高める施策につなげたり、他の地域に展開してビジネスを大きくしたりといった、「次」の展開を考える。そういった能力を強化することも大切だと思います。
ITと印刷を活用してお客さまのお困りごとを解決することで、印刷会社からの脱却を進める
前田:最後に、御社の今後の展開を教えてください。
辰巳専務:現在、紙媒体からの脱却、印刷会社からの脱却を進めています。天理時報社は、どこにも負けない印刷や製版の技術をすでに持っています。ですから、もう「印刷できます」とあえて言う必要はないと思っています。それよりも、「印刷以外のことも、何でもできますよ」と言える会社になりたい。
目指しているのは、「地域の広告代理店」といえる位置付けです。ただ、印刷会社から脱却して「次」や「次の次」の発想、アメージングでアンビリーバブルな発想をするのは、社内だけでは現状は難しい。それを補ってくれるIT企業など、外部のブレーンは不可欠ですね。
前田:印刷会社様が勝ち残るためには、広告代理店と同等、もしくはそれ以上のものになることが求められます。広告代理店は、コンテンツは作れますがモノの製造はできません。しかし、印刷会社様が広告代理店のようになれば、コンテンツが作れて、さらにモノの製造もできるわけですから、大きな可能性があると思います。印刷会社からの脱却を進める際、ITをどのように活用されるのでしょうか。
辰巳専務:私たち天理時報社の「次の方向性」を見いだすため、ソリューションチームでクラウドファンディングやデジタルマーケティングなどについての研究を進めています。こうした会社の方針を示すキーワードも、外部のブレーンにご協力いただきながら決めています。
どうしても「デジタル活用ありき」「デジタル化しないといけない」と考えがちですが、デジタル技術を活用したからといって必ずしももうかるわけではありません。ある意味では、印刷の方がもうかるとも言えます。目に見えないものはなかなか儲からないですよ。だから、デジタルを使ったからといって会社が救えるわけではないんですね。繰り返しになりますが、デジタル活用は目的でなく手段なのです。
私が代表取締役専務を務めている間に、方向性を次の代に示したい、細いものかもしれないが道筋をつけたいと考えています。その第一歩が、印刷やITを組み合わせてソリューションを提供し、お客さまのお困りごとを解決する大切さを全従業員に認識してもらうことだと思っています。
来年創業100周年を迎えるに当たって、先人たちが成し遂げてきたことには本当に感謝していますし、それを時代に合った形に変えて次の世代に届けていきたいと強く感じています。それが、これまで38年間この会社に飯を食べさせてもらったことに対する、恩返しかなって思っているんです。ほんまにね。
前田:貴重なお話、誠にありがとうございました。
【企業情報】
株式会社 天理時報社
住所:奈良県天理市稲葉町80番地
創業:大正14年(1925年)5月15日
URL:https://www.jihosha.co.jp/