FFGS業態変革ウェビナーレポート
「顧客の課題解決 -期待を超える仕事・期待を超えるデザインとは―
顧客課題を把握し、新規事業・売れる商品に繋げるデザイン思考を紐解く」

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FFGS業態変革ウェビナーレポートMV

講師:株式会社H.Y.D.代表取締役 デザイナー/一級建築士 林 雄三氏


ウェビナーの様子
(左)講師:林社長 (右)進行役: 広報宣伝部 部長 前田正樹

富士フイルムグラフィックソリューションズ株式会社(以下、FFGS)は、4月22日、「顧客の課題解決 ―期待を超える仕事・期待を超えるデザインとは―」をテーマに、「業態変革ウェビナー」を開催しました。
FFGSでは、全国の印刷会社の経営層の方々からヒアリングを行ない、経営上の課題や、それに対応するためのさまざまな取り組みについて伺ってきました。今回のウェビナーでは、多くの経営者が課題として挙げられていた、「顧客の本質的な課題、潜在的なニーズを把握し、それを具体的な形に変えていく方法」に焦点を当て、身の回りのヒントをキャッチして具体化し、顧客の課題解決を実現されている株式会社H.Y.D.(本社:香川県高松市香川町浅野385-67)の代表取締役社長 林雄三氏に、具体的な実例を交えてお話しいただきました。その内容をレポートします。


建築から始まった「課題を解く」という思想

左から松田平田設計、kenma、林研磨工業所

林社長は、香川県高松市出身。神戸大学工学部建設学科、同大学院自然科学研究科・建築学専攻を卒業後、東京の建築設計事務所で働く傍ら、終業後に、自ら立ち上げたデザインチームの仕事をこなすというハードな二重生活を5年間続け、さまざまな経験を積んできました。2013年にはそのデザインチームをビジネスデザイナーの今井 裕平氏と共同で法人化して、「株式会社kenma」を創業。顧客のビジネスに本質的に貢献するデザインとは何かを徹底的に追求。ブランディングや事業づくりの現場で経験を重ねてきました。2020年、地元香川で「株式会社H.Y.D.」を設立し、現在は全国各地でブランディング・空間デザイン・事業開発の支援を横断的に手がけています。なお、家業は80年続く林研磨工業所で、断裁機の刃の研磨・販売などを通じて印刷業界とも深い関わりを持っています。

林社長には大切にしている考え方が2つあります。1つは、大学時代に建築学科の恩師から学んだ「さまざまな制約を統合して課題を解く」という考え方。建築の現場では、法規や構造・設備の条件、予算や工期、使う人の動線や運用、周辺環境との調和など、同時に成立させるべき要素がいくつも重なります。それらをパッチワーク的に「部分最適化」するのではなく、全体を1つの構造として捉え直し、できるだけ少ない手立てで複数の課題をまとめて解いていくことができると、デザイン的にもとてもいいものが仕上がる、という教えです。そしてもう1つが、kenmaの共同創業者の今井氏から教えられた、「デザインを通じて顧客のビジネスに貢献する、お客さまを通じて社会に貢献していく」という意識を持つこと。デザインは誰のため、何のためにつくるのかを、常に考えるということです。この2つの思想が、林社長の現在の課題解決哲学、仕事への取り組み方の根本になっています。
ここからは林社長による講演内容を、実例を中心にご紹介します。


100万個を超えたウェアラブルメモ「wemo」——ひらめきの解剖

wemo製品

製品開発や課題解決のプロジェクトについて、いくつかご紹介したいと思います。kenma時代に取り組んだ開発案件で、ウェアラブルメモ「wemo」という製品があります。医療などの現場最前線で手首に巻き付けて使う、書いて消せるメモとして日本文具大賞の優秀賞もいただき、シリーズ累計100万個以上を販売しました。
この商品が誕生したきっかけは、東京都が主催し、公益財団法人日本デザイン振興会が企画運営を行う「東京ビジネスデザインアワード」というコンテストでした。都内の町工場や企業が持つ技術・素材・設備がテーマとして提示され、デザイナーがビジネス展開まで含めた提案を行います。私たちが選んだのは、東京都立川市の株式会社コスモテックが持つ「水なしで肌に貼れる特殊転写シール技術」でしたが、チームでアイデアを出し合う中で、「このシールに直接文字が書けたらいいのではないか」という発想が浮かびました。ただ、それだけではニーズ・用途として弱いとも感じていました。そのときに頭に浮かんだのが、過去の同窓会での会話です。看護師の友人が、「病院ではスマートフォンが使えないから、緊急のメモを手の甲に直接書いてしまうことが多い。毎日何度もアルコール消毒をするし、肌荒れの原因にもなり困っている」という話でした。そこで、この肌に貼れるシールが看護師さんの困りごとを解決できるのではないかというプランを思いつき、提案した結果、優秀賞をいただくことができました。
ただ、実際に商品化するにあたっては、製造コストという問題がありました。1枚あたりの売値が数百円を超えてしまい、毎日使い捨てにするには高すぎる……。煮詰まった状態でメンバーと雑談していたある夜、私はふと、子供の頃のお祭りで手に入れた「パッチンバンド」を思い出しました。あのバネ状の金属が手首にパチンと巻きつく感触。それをシールではなく本体に応用し、書いて消せる素材で作れば、使い捨てではなく繰り返し使えるメモになる。500回、1,000回と使えるなら、単価1,000円を超えるような金額でも十分に買っていただけるだろう。そんな風に過去の体験・記憶とヒラメキがつながった瞬間、初めて「自分が欲しい」と思えるプロダクトの輪郭が見えました。

いいものができても、必要とする人に伝えて届けられないと意味がありません。まず試作品をつくり、展示会やプレスリリースを通じた広報活動を積極的に展開しました。PRプランナーとも連携し、影響力の大きいメディアへの露出を狙いました。さらに、BtoCの販売だけでなく、カラーやロゴ印刷をカスタマイズできる体制を整え、企業のノベルティなどBtoBの需要も同時に開拓しました。このプロジェクトで私たちがやったことはとてもシンプルです。まずモノとしての価値をつくったこと、そして、それが必要な人に伝わるような広報活動を行ったこと、そして最後は、必要な人に買ってもらい届けられる体制をつくったこと。この3つを整えられたことで成功できたのだと思っています。

wemo紹介

本質を掴む眼——予備校と電力会社の事例が示すもの

◎予備校「濱川学院」の事例
次にご紹介するのは、香川県高松市の予備校「濱川学院」の事例です。周辺には競合の予備校が多く、濱川学院は問い合わせ数の伸び悩みに直面していました。相談を受けた私はまず、既存のチラシやパンフレットと、実際の学院の強みとの間にある大きなギャップに着目しました。広告素材には一般的な「青空を見上げる笑顔の生徒」の写真が使われていましたが、実際に生徒を惹きつけていたのは、元ホストで、自身も偏差値を30から70まで上げた経歴を持つカリスマ講師・濱川先生の存在でした。
そこで私は、濱川先生自身が自信満々に腕を組んで前面に出るキービジュアルをつくり、その圧倒的な存在感で訴求すべきだと提案したのです。同時に、見た目だけを変えても意味がないと考え、予備校のマーケティング施策そのものについても議論を深めました。東大・京大選抜クラスの新設、受験料の一部返還制度、一人親・兄弟割引、新築学生寮の提供、卒業生への海外留学サポートなど、学院側がすでに温めていた施策を整理し、「本気の一年」というコンセプトのもとに統合していきました。
さらにもう一つ、「在籍する高校生たちを広報の主役にする」という提案も行ないました。生徒たちにキャッチコピーを考えてもらい、それを電車の中吊り広告に展開したのです。生徒が自分たちの言葉で学院の魅力を語るという構造は、単なる広告を超えたコミュニティの熱量を生み出しました。結果として、前年比でWebアクセスが4倍、新規問い合わせが1.5倍という成果を短期間で達成できました。

パンフレット

◎四国電力との取り組み
四国電力株式会社の案件も示唆に富む経験でした。最初のご依頼は「パワーポイント資料をきれいにしてほしい」というシンプルなものでしたが、私は、資料を美しくする前に、そこに込められたメッセージ自体を整理し直すことを提案しました。DX推進のビジョンを全社員に届けるには、言葉そのものが心に刺さるものでなければなりません。
キーワードを整理しながら、「LUCK」という統合した言葉になるようにアレンジを加えていき、ポジティブなビジュアルを用いて展開したこのプロジェクトは、社内で高く評価されました。その後は、四国電力の中期経営計画の策定や人材戦略といった他の立案へと仕事の幅が広がっていきました。

資料

アイデアはどこから来るのか——「ひらめき」の構造と価値創造のプロセス

先ほどお話ししたように、私が実行しているのは「価値をつくること」「必要な人に伝えること」、そして「必要な人に届けること」という3つのステップです。どんな案件でもこの3つに真摯に取り組むこと、それしかないと思っています。ただ、最も難しく、かつ最も重要なのが、最初の「価値をつくる」というプロセスではないかと思います。
 私はこのプロセスを、建築家・菊竹 清訓先生が提唱した「か・かた・かたち」という創造のプロセス論を参考にしながら、「か:価値をひらめく」「かた:価値を高める」「かたち:価値を形にする」という三段階で捉えています。

プロセス相関図1

 最初の「か:価値をひらめく」、つまり「ひらめき」について、脳科学的な裏付けと私の経験値を交えて整理すると、人間の脳は、何かに集中していない状態――入浴中やランニング中、寝起きの状態など、「アイドリング脳」の状態のときに、「デフォルトモードネットワーク」と呼ばれる神経回路が活発化して、脳のエネルギーの60~80%を消費しながら情報の整理と統合を行なっていると言われています。このとき、それまではつながっていなかった記憶同士、「点」と「点」がつながって情報整理され、その中で創造的な思考が生み出されます。「wemo」のアイデアが雑談の中で生まれたり、大学時代の設計課題の答えが夢の中で降りてきたりしたのも、この原理で説明できると私は考えています。
 ただ、重要なのは、「集中して考えた経験」がなければ「ひらめき」は訪れないという点です。徹底的に考え、煮詰まり、それでも答えが出ない――そういう深い集中の後にこそ、アイデアが降りてきたり、ひらめきが生まれたりするのではないかと思っています。過去の記憶や経験という「点」が脳内に蓄積されていなければ、「点」と「点」はつながりません。だからこそ、日常的に好奇心を持って世界を観察し、引き出しを増やし続けることが重要だと考えています。

2つ目の「かた:価値を高める」部分ですが、よく製品開発の際など、「ペルソナ」という言葉を使います。30代女性でこんな性格……など、ターゲットを想定する作業です。でも、kenmaでのさまざまなクライアントワークの中での発見は「ペルソナ」ではなく「渇望者」を見つけられたことだと考えています。「渇望者」は何かに困っていて、多少価格が高くても「それがないと困る」「どうしても欲しい」と感じている人です。「wemo」でいえば、現場で即時メモが必要で、手荒れなどの課題を抱える看護師のような人がそれにあたります。「渇望者」は人口比で見れば小さくても、日本全国にもし0.1%存在すれば10万人規模の市場になり得ます。加えて、顧客像を「30代女性」のようなペルソナとして捉えるのではなく、「現場最前線のワーカーに届ける」といった新しい言葉で定義し直すことが、プロジェクトの軸をつくるのに非常に重要です。言葉が定まることで、製品や施策に盛り込むべき機能や表現の判断基準を明確にすることができます。「wemo」でも、ターゲット像の言語化があったからこそ、現場で役立つ工夫を積み上げ、発想を具体化することができました。

3つ目の「かたち:価値を形にする」、ここはさまざまなアプローチがあるため、今日は1つのトピックしかお話できませんが、例えば「センス」。センスとは生まれつきのものではなく、習得可能な技術だと私は考えています。すごく端的に言ってしまえば、「好きになる」こと。皆さんも自分の好きなものについては自ら進んで調べたり、体験したりしますよね。それによって知識と経験が蓄積されます。これはリサーチを継続している状態であり、点(引き出し)が増えるほど、別の課題と結び付けた新しいアイデアが生まれやすくなります。デザインや美的感覚も同様で、好きになれる領域を見つけて探索を習慣化することで、センスは磨けるものと考えています。
例えば、私は小学生向けにデザイン講座も実施しているのですが、その中で名刺をデザインしてもらったことがあります。名刺とは一般的にこういうものだよ、という情報だけでデザインしたものは、テンプレート通りの一般的なものにしかなりませんが、その後、さまざまな事例をリサーチしてもらいます。あえてかじったように破れているもの、全面に絵が描かれてあるもの、野球ボールのようなもの。そういった優れた事例を知ってもらったあとに、自分なりにアレンジしてもらう。そうすると、見違えたように面白いデザインがたくさん出てくる。何も知らない人がそれを見ると、「センス」が良いというものになっていると思います。

プロセス相関図2

「課題先進国」から世界へ——印刷業界への期待と提言

私は印刷業界の現状について、向かい風の中にこそ大きな可能性が潜んでいると考えます。デジタル化の進展によって印刷需要が縮小しているのは事実ですが、だからこそ「電源のいらない記録媒体としての紙」などのように、印刷や印刷媒体の本質的な価値を問い直す好機でもあります。紙という素材、インクという表現手段、印刷という技術――これらを組み合わせることで生まれる新しい価値の可能性は、いくらでも生まれていくと思います。
私は、日本という国、そして地方という場所が持つ「課題先進性」に着目しています。少子高齢化、人口減少、産業の空洞化――これらは確かに深刻な問題ですが、同時に世界のどの地域よりも早くこれらの課題に直面しているという意味で、解決策を生み出す最前線にいると言えます。地方の印刷会社が向かい風の中で新しい価値を創造できれば、それは日本全体、さらには世界に対して課題解決のモデルを示すことになるのではないでしょうか。
渇望者を見つけること、その人たちに届く言葉と形をつくること、そして確実に手に届く状態を整えること。この3つのステップは、印刷業界にも共通するものだと私は思います。自社の技術や設備を棚卸しし、社員の中にある「好き」を起点に新しい掛け合わせを探し、まだ誰も言語化していない顧客の渇望に応える――そのプロセスの中に、印刷業界の次の一手が眠っているかもしれません。
デジタルが席巻する時代だからこそ、アナログの手触りと確かさを持つ印刷という表現手段の価値は、むしろ際立ちます。課題先進地域から生まれた解決策が、やがて世界を動かす。私はそう確信しています。

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