FFGSは、デジタル印刷機・Jet Pressだからできる作品をクリエイターと生み出し、印刷の新たな可能性を探る新企画をスタートさせた。トップバッターは、四季の風景や優しい情景を鮮やかな色彩で表現する、今注目のクリエイター・いえだゆきなさん。8月2日に掲載した【前編】では、FFGSと企画会議を重ね、「Jet Press 750S」のコラボレーション作品を検討いただいた。今回はその後編。いよいよ作品の制作、紙の選定、そしてJet Pressでの印刷、作品完成へと至るコラボレーションの模様をご紹介する。
【コラボレーション作品DATA】
・イラストレーション/グラフィックデザイン:いえだゆきな
・書:Lena
・印刷:FUJIFILM Inkjet Digital Press Jet Press 750S
・歌:「君が愛せし綾藺笠(あやいがさ)」梁塵秘抄(りょうじんひしょう)Vol.2より
・貼り箱制作協力:株式会社共進ペイパー&パッケージ
・絵巻物制作協力:表装専門店「渋谷の掛け軸屋。」オルク有限会社
いえだゆきな(イラストレーター)
愛知県名古屋市出身。
武蔵野美術大学日本画科卒業後、奈良に2年間滞在し寺社仏閣巡りをする。
その後、愛知の広告制作会社でデザイナーとして勤務しながら、フリーランスイラストレーターとしても活動。イラストを用いたデザインを多く制作した。
2022年独立。どこか懐かしく幻想的な風景画を得意とし、クライアントワークではそのものの本質を捉えることを心がけている。
<コラボレーション企画の工程>
4.歌を描く
イラストレーター・いえだゆきなさんと「Jet Press 750S」のコラボレーション作品として、古い日本の歌をモチーフにした「絵巻物」を制作することに決定した。『梁塵秘抄(りょうじんひしょう)』という平安時代の末期に流行していた歌を集めた歌謡集の中から、いえださん自身が気に入って選んだ「君が愛せし綾藺笠(あやいがさ)」を、時間によって4つのシーンに分け、賀茂川の流れに沿って、物語が移り変わっていくさまを、現代の恋人たちの姿に置き換えて絵に起こしていった。
藤井:いえださんは、まず下絵の段階で歌が詠まれた当時のイメージと、それを現代に置き換えたイメージ、両方を見せてもらいました。当然、当時のイメージは着物で描いていると思っていたので、初めて見たときは驚きました。
いえだ:はい、描き始めたら、登場人物をあえて現代の男女にして描いたら、今見る方の気持ちに届きやすいかもしれないと思えてきて。でも自分では迷っていたのでご相談したんです。
藤井:2種類を見せていただいて、今回のテーマから、現代バージョンでお願いしたいと思いました。和歌が詠まれた当時と現代の私たちの気持ちが自然にリンクするなと感じました。
いえだ:迷っていた私も、だんだん洋服の方がよい気がしてきていて。同じ思いでよかったです(笑)。
藤井:そこから、完成した作品のデータを送っていただいたときの第一印象は、「エモい!」でした(笑)。夜が明けていくにつれ、恋心が芽生えた男女の別れが近づいていく様子が、いえださんのポップかつ甘い色彩でより切なく感じました。描かれた2人の気持ちが想像できるというか……感情に訴えかけるものがあると思いました。夜から明け方にかけて時間が流れていくさまを描いていて、まさに絵巻物にピッタリな作品だと思いました。
<昔バージョン>
<現代バージョン>
いえだ:この作品を描くにあたって、実は京都に行って、賀茂川の近くの宿に泊まり、実際に夜更けから朝になるまでをスケッチしたんです。私にとって時間の流れというのは、いつも心に留めているテーマの一つです。実際にその場で見た鷺や鴨、水面のすごく浅いところを泳いでいる鯉なども描いていて、明け方になるにつれ、生命が動き出すという体感を表現してみました。
また、時間の流れにしたがって、空の色が変わっていくというようなところに美しさを感じたのですが、この時の流れを表現するために大切なのが、“光”を描くことだと思っています。私の絵の特徴とよく言われる色彩も、光を表現するためのものと言えるかもしれません。
藤井:なるほど。今回の作品でも蛍の光、水面に映った月、明け方の朝日、日の光を浴びてキラキラ光る川面など光が印象的に描かれていますね!Jet PressはRGBに近い色域で印刷できるので光の表現には適していると思うんです。印刷が楽しみですね。
5.「Jet Press」で印刷
再びJet Pressのショールーム「Jet Press SQUARE」に参画メンバーが集合。いえださんが作ったデータを、いえださんが選んだ8種類の紙に印刷し、作品を作っていく。
【本紙校正 参加者】
・いえだゆきなさん
・FFGS広報宣伝部 藤井 渚
・FFGS技術二部 主任 吾郷 裕之
・FFGS技術二部 山中 翔太
・編集スタッフ
●用紙の選定
いえだ:絵巻物を作るという企画に合わせて、株式会社竹尾のショールームに足を運んで、良さそうな紙を選びました。基準としては「和紙のような質感のもの(①③)」「キラキラしたしたもの(④)」「印刷向けによく使われているもの(②⑤⑥⑦⑧)」とそれぞれ質感の異なる紙にしました。
いえださんが選んだ用紙
①新大礼紙 0.12
②NTラシャ 0.12
③新鳥の子 0.13
④シャイナー雪 0.10
⑤アラベールスノーホワイト 0.14
⑥ヴァンヌーヴォ 0.18
⑦タント 0.12
⑧MTA+ 0.11
藤井:それぞれ特徴のある紙ですね。今回は絵巻物ということで、4枚の横長の絵をつなげることになりますが、Jet PressのCMS機能を生かせば、違う用紙でも色が合わせられるというお話、以前吾郷さんが言っていましたがどうでしょうか?
いえだ:それはいいですね!シーンごとに用紙を変えられたら、絵のストーリーに合わせた表現ができそうで。ぜひ試してみたいです。
吾郷:ここまで質感の違う用紙をつなぐんですね!?なかなか大胆ですが面白いです。
山中:まずは用紙ごとに、RGBデータから広色域変換したものを4シーンずつ並べていくので、色味を確認してください。
いえだ:やはり紙によってかなり違いますね!ただ、どれも色味やグラデーションがきれいに出ていますね。これまで、イラストをデータ入稿して、色校で色味が全然変わっていたり、浅くなってしまったりしてがっかりする経験もしてきましたが、最初の印象で、それがない状態から選んでいけるのは貴重なことですね。
藤井:あえて質感の違う紙を選んでいただいていたので、本当に印象が違いますね。どの用紙を選び、どうつなげるかが重要ですね。まずはシーンごとに一番いい感じのものを選んでみましょうか。
いえだ:このシャイナー雪という紙は、今回初めて使ったんですが、発色がきれいで驚いています。どのシーンも色彩がよく出ているけど、全面にキラキラした地模様に入っているから、一番ふさわしいのはラストの朝のシーンですね。朝日の光で川面も緑の草もキラキラ光っている感じにぴったりです。
吾郷:シャイナー雪は、私たちも初めて使いましたが、全体的に淡いクリーム地なのに、発色がとてもいいですね。水性インクだと染み込ませる形なので、紙の地が生きてくるのでしょうね。
いえだ:ラスト手前の水面がピンクに染まるシーンは、和紙のような質感のある新大礼紙にしましょうか。ピンクの発色がきれいですね。この紙も地にシルバーのうねりのような繊維が入っているので、ラストのキラキラした場面の前によく合う気がします。
吾郷:紙の違いによって出る色味の差は、出力時に調整して近づけることはできるんです。ただ、あまり発色のいい紙と沈む紙だと、そもそものガマットが違って合わせきれないかもしれませんので、できる限り近い風合いの紙を並べた方が、仕上がりは良くなると思います。
いえだ:最初の夜更けの闇のシーンの紙は迷いますね。深い闇を表す藍色は、どの紙もそれぞれ味わいのある色が出ていますね。ヴァンヌーヴォは印刷適性が高くてよく使われる紙で、風合いもいいので、夜の暗闇の藍色がきれいに出ている最初のシーンに使おうと思っていたんですが、絵巻物をめくって最初に出てくるシーンであることも考えると、マット感がありながらメリハリがあるMTAの感じがいいかもしれませんね。
では、最初の夜更けのシーンにMTA、それに続くシーンにヴァンヌーヴォを選ぶことにします。
使用する紙決定
シーン1:(夜更け)→MTA
シーン2:(月夜)→ヴァンヌーヴォ
シーン3:(夜明け前)→新大礼紙
シーン4:(夜明け)→シャイナー雪
●色調確認・調整
藤井:MTAの藍色が濃く出ている分、2番目のシーンと少し色味のギャップが出てきました。少し調整が必要ですね。
山中:Jet Pressは微妙な色のトーンを調整できます。1枚分全体で変えていくことはできるのですが、部分的に色を変える場合は、いえださんの方でデータ調整をお願いします。
出力して気づいたのですが、淡いグラデーションの部分に影が出ているところがあったので、チェックしたところ、データ上でノイズが出てしまっているみたいなんです。
いえだ:なるほど。では私の方で修正していきますね。このノイズはグラデーションを使うときに出てしまいがちなんです。
山中:出力し直すに当たって、シーンごとのギャップが目立たないように、いくつかのトーンに分けて出します。少しずつ明るくしていくので、「これ!」と思うのがあれば言ってください。
(シーン1は計8枚出力)
いえだ:この感じいいです!夜の闇も蛍の光も、雰囲気がある感じを保てていて、かつ、次のシーンへの移行もスムーズですね。
山中:シーン3は、グラデーションの直しもあったのですが、色味はどうでしょうか?
いえだ:このシーンはピンクをきれいに出したいですね。でも全体を明るくしすぎると、下の草の緑のニュアンスが変わってしまいます。
山中:ではもう一度トーンを変えて出し直します。
いえだ:あ、いい感じになりました!
山中:シーン4は、最初の出力からとてもお気に入りでしたが、こうして並べてみると、もう少しだけ明るさを変えた方がいいかもしれません。ちょっと出してみるので見てください。
いえだ:並べてみて、すごくしっくりくるものになりました。すごい!妥協のない提案に感謝です!
(一同拍手)
●箱の用紙検討
藤井:箱も何種類かの紙で出力して選んでいきましょう。
(新鳥の子とヴァンヌーヴォを選出して箱の展開図を出力)
いえだ:これ、実際に切って組み立ててみてもいいですか?
藤井:もちろんです。カッターボードがあるので、ぜひやってみてください。
いえだ:(実際に組み立ててみて)箱の形になると違いがはっきり出ますね。新鳥の子は和のイメージがしやすい質感なので、選びました。逆にヴァンヌーヴォは、印刷でよく使われる紙なので、現代的なイメージもあり、箱という外にある存在で、現代と昔を結びつける役割があるんじゃないかと考えて選びました。グラデーションの出方が、新鳥の子の方がきれいですね。雰囲気もさりげない和の感じですごくいいです。
藤井:立体になるとたたずまいが伝わってきていいですね。仕上がりが楽しみになりましたね。
いえだ:楽しみだし、ちょっとドキドキしています。
6.完成した作品と対面
【参加者】
・いえだゆきなさん
・FFGS広報宣伝部 藤井渚
・FFGS技術二部 主任 吾郷裕之
・FFGS技術二部 山中 翔太
・編集スタッフ
藤井:いよいよ完成品とのご対面です!
いえだ:(手に取ってみながら)すごい!きれいですね。出力した時よりさらに色がちゃんと合ってるような気がします。紙がすごくいいですね。時間の流れにしたがって進むストーリーと、場面がどんどん明るくにぎやかになっていく感じが自然につながって表現できていて、うれしいです。
藤井:シーン1を色のノリが良い紙にしたのは、色の濃さが深夜のイメージに合っていていいですね。
吾郷さん、山中さん、校正ではいろいろ苦労もあったと思いますが、どうですか?
吾郷:4枚違う紙で絵巻物を作るなんて、斬新すぎて、正直不安もありましたが、いえださんに満足していただけてよかったです。4種類の紙の特性といいますか、紙によって雰囲気が全然違っていたので、そこを違和感なく一つの作品に仕上げるというのが、思った以上に苦労しましたね。いえださんにも部分的な調整をお願いしつつJet Pressでも調整しつつっていうような形でしたね。
山中:水性インクは、非常に薄い膜厚で浸透しながら定着します。そのため、その紙の風合いや良さを最大限に生かして印刷するという意味でいうと、水性インクジェットは非常に優れていると、改めて実感しました。
いえだ:そうですね、今回の作品では白地の部分はないので、インクが乗っても紙の質感が出てくれることがとっても大事でした。なるほど、インクによってもそんな違いがあるんですね。
本当に、私の細かい要望にも応えてくださって、ありがとうございました。すぐ調整して、すぐに何パターンかを出していただけて、早さと、よりよいものをと考えてくださる姿勢に感動でした。
藤井:絵の中に入っている“書”も素敵ですね。絵にもとても合っているし。
いえだ:ありがとうございます。“書”は、実は友人でデザイナーのRENAさんにお願いして書いてもらいました。多才な方なんですが、今回の書もピッタリの作品を書いてくださいました。
吾郷:絵巻物の加工と箱の仕上がりはどうでしょう?
いえだ:かわいい!こんなかわいい巻物を見たことがないです。軸を陶器にしたのも良かったです。単純に、ものとしてかわいい。箱もめっちゃかわいい、箱の中面は今時っぽい感じが出せたのも、イメージにぴったりです。
藤井:思わず興奮してしまいますね。今回、箱については、最初は考えていなかったんですよね。でも「巻物って箱に入ってるよね?どんな箱がいいだろう……」と考えていく中で、Jet Pressのユーザーでもある株式会社共進ペイパー&パッケージの企画開発部 包装企画チーム チームリーダーの伊藤 健さんにご協力をいただきました。
いえだ:伊藤さん、本当に詳しくて、形や加工もそうなんですが、絵柄の入れ方なども、パッと見てすぐにいろいろ提案をしてくださいましたよね。
藤井:3回ほど行った打ち合わせの中で、私たちの外箱に関する知識が足りない箇所を、毎回的確なアドバイスで補ってくださり、心強かったです。仕上がりも本当に素敵で、感動しました。
いえだ:あと、最後の絵巻物の加工の時も、良い出会いがありましたよね。
藤井:絵巻物の加工も、表装専門店の「渋谷の掛け軸屋。」さんにとてもお世話になりましたね。Jet Pressの企画だったので、出力するところに注力しすぎて、肝心な絵巻物の加工をどのように進めるかが決まっていなくて、掛け軸屋さんにたどり着くまで難儀してしまいましたが……。結果、お会いした掛軸師の佐河 太心さんが私たちの企画に賛同くださって、「現代風の絵巻物にしたい」「3本別々の表紙や軸を使いたい」という要望を見事にかなえてくださって、本当に感謝しています。
いえだ:表紙や軸も素材がたくさんあって、タグの色と合わせて選ばせていただけたのはよかったです。良い経験をさせていただきました。
藤井:仕上がった絵巻物がきれいに箱に収まった瞬間、ご協力いただいたその道のプロの方々の顔が浮かび、それぞれの技術力の高さに、尊敬と感謝の気持ちでいっぱいになりましたね。
吾郷:お二人とも、大満足の様子ですね。いえださん、今回Jet Pressを使ってみていかがでしたか?
いえだ:自分で制作した作品の色を、紙の上でどのくらい表現できるかということについて、日頃からよく考えていたので、こんな形でこのプロジェクトに参加させてもらえて、本当によかったと思います。いろいろな発見もありました。実際に目の前で印刷して、色のノリが良くて、制作者として違和感がないというか……。かなりレベルの高いところからスタートして、細かいところの調整までしていけたのがよかったです。
藤井:いえださんの考えてくださったテーマと絵巻物の親和性がすごくよかったですね。
いえだ:本当に、絵巻物なんてとんでもないことを言い出して、それを受け入れていただけたのも驚きですが、こうして完成品を見ると、本当にできちゃうんだなと、感動です。今回の作品制作で、「古典の伝承」「絵巻物という美術形式の伝承」「恋人たちの想いの伝承」を表現できたのかなと思います。
絵巻物というアートの形も、ページをめくるごとに世界が途切れてしまうブック形式よりも、過去と未来のつながりを表現できる珍しい形式です。これも「伝承」というコンセプトに符合していると思います。
吾郷:今後もJet Pressを使ってくださいね。
いえだ:Jet Pressは機会さえあれば、自分の仕事でもまたぜひ使いたいです。こんな良いものがあるんだと、美大時代の友人などにも勧めたいですね。少部数でも対応していただけるので、画集作りなんかには向いていると思います。あと、一枚一枚絵柄が変えられるという特徴を使って、カレンダーを作っても面白そうですね。Jet Pressの特性を生かして、いろいろ企画の発想が膨らみます。
藤井:いえださん、改めて企画にご尽力いただきありがとうございました。今回のことが、新たな作品や企画につながればうれしいです。
デジタル印刷の可能性や、新たな価値を発信したいという思いでスタートした今回のコラボ企画は、初めての試みで不安もありました。いえださんと意見交換をしながら進める中で、いえださんのイメージや表現の幅を狭めずに、実現させるためにはどうすればいいかを考えながら取り組んでいました。この企画を終えて、改めてモノづくりの面白さを体感できました。また、広報宣伝部という立場で、デジタル印刷の柔軟さ、利便性、作品を上げるクオリティーの高さも実感できたので、この経験を次の企画にも生かしたいと思います。