つくりたいのは、自分がほしいもの、
みんなで楽しめる「発明みたいな」アート。

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メディア・アーティスト
八谷 和彦氏

1966年佐賀県生まれ。コンサルタント会社勤務等を経て1993年に《視聴覚交換マシン》を発表しメディア・アーティスト活動を開始。1997年、So-net(ソネット)の愛玩メールソフト《PostPet》の開発に携わり(株)PetWORKS設立。《見ることは信じること》《オーヴァーザレインボウ》など体験型の作品で注目を集める。2003年からジェットエンジンを用いた一人乗り飛行機《OpenSky》のプロジェクトに着手し『愛・地球博』などで展示。著書に『ナウシカの飛行具、作ってみた 発想・制作・離陸—メーヴェが飛ぶまでの10年間』(幻冬舎、共著)がある。現在、東京藝術大学先端芸術表現科 教授。


ときにはジェットエンジンを使い
メディア・アートに新鮮な驚きを

 八谷さんと言えば“現代を代表する”メディア・アーティストとして知られていますが、実際には、1990年代からずっと第一線で活躍されていましたよね。

八谷 1990年代はまだコンピューターや電子デバイスを作品に使う人自体が珍しかったので、それなりに目立ったのでしょう。最近では誰でもPCを扱える時代なので、アートとして活用する人も増えてきて、たとえばTEAM Lab(チームラボ)のように、作品を観ると言うよりデート感覚で楽しみにいくような大型展示があったり、紅白歌合戦や大型ライブの特殊演出として使われるような映像作品があったり、産業になるレベルにまできているのは、個人的にとても素晴らしいことだと思っています。ただその分、メディア・アートがコンピューター寄り、映像寄りの表現に偏ってきているような気もするんですね。ぼくの場合、ちょっと違う視点でその先を見て、これがメディア・アートなの?って思われるような、たとえばジェットエンジンを使った作品みたいな、新鮮な驚きのある創作を心がけています。

 乗り物などの造型をつくるだけでなく、わざわざエンジンを付けて動かすことも、メディア・アートの一形態なんですか?

八谷 ぼく自身は肩書きとしてメディア・アーティストを名乗っていますが、どちらかと言うとテクノロジー・アーティストに近いのかもしれませんね。テクノロジーがアートになるというのは意外でも何でもありません。もしも現代にレオナルド・ダ・ヴィンチが生きていたら、おそらく彼もジェットエンジンを使って飛行機を飛ばしていたでしょうし、コンピューターも使っていたでしょうから。

 八谷さんの作品には、デビュー作の『視聴覚交換マシン』から共通して“体験型のアート”という特徴がありますよね。美術館であらたまって絵画を見るような形とは違い、自分が作品の中に入っていくような触れ方ができる、ということが、メディア・アートの新しさとして捉えられているのではないかと思います。

八谷 クラシックからポップスまで幅広く楽しまれている音楽とは違い、現代美術はちょっと難しくて、美術の文脈を知らないとわからない作品もあるわけですが、ぼくはもっと普通に楽しめるもの、子どもでも面白いと思えるものをつくりたいんですね。メディア・アートは、パッと見てわかりやすく、実際に触れて体験して楽しめるような手法をとりやすいということが、大きな特性の一つなのだと思います。


人気もビジネスの成功も
可愛く引き寄せたPostPet

 八谷さんの名前が広く知られるようになった『PostPet』も、みんなが実際に使って楽しめるものでしたね。

八谷 PostPetはぼくがコンセプトを考え、キャラクターデザインは、現在、株式会社PetWORKSの代表を務めている真鍋奈見江さんにお願いし、プログラマの幸喜俊さんと3人で原型をつくりました。リリースした1997年はちょうどインターネットが普及し始めた頃。積極的にメールを使う人が、まだそれほど多くなかった時期です。何でみんなもっとメールを活用しないのかなといろいろ考えてみたら、当時は、モデムを起動して、メールソフト開いて…と、面倒なことが多かったんですね。メール普及のためには、その面倒くささを超える“楽しさ”がないといけない、どうすれば楽しくなるだろうかと。そこで思いついたのが、伝書鳩みたいに、可愛い動物たちがメールを運ぶというコンセプトだったわけです。プロバイダーサービスがどこも似た感じになり、選ぶポイントに欠けている実態もあったので、差別化のためにどうですかとSo-netにアイディアを持ち込んだところ、すんなりと採用していただけました。

 世代を超えてブームになりましたよね。

八谷 動物の動きやデザインが可愛いからと言っても決して子ども向けというわけではなく、ペットにできる行動として“殴る”などを加えたりして、あくまでもコミュニケーションの道具として、あえて不穏な要素も持たせているんです。そういう意図をわかってくれるユーザーがたくさんいたというのが大きかったと思います。

 当時、PostPetをやりたいからとプロバイダーを乗り換える人もかなりいたそうですね。

八谷 アイデアを構想している段階から、ビジネスとしてちゃんと成功させようという強い意識がありました。Sonetから、少なからず出資していただいていたからです。お金を出してもらった以上は、ビジネスとしてきっちり結果を出さなければいけません。アーティストだから自分の好きなものさえつくれればいい、売り上げはあまり気にしなくていい、なんていう考えはまったくありませんでした。たとえば音楽業界だと、つくったCDを何万枚売ろうとか、ライブでこれぐらいの人数を動員しようとか、ごく普通に目標を掲げると思うんですが、アートの世界ではあまりそういう話は出て来ません。むしろ損得の計算をするのはよくないことだという風潮すらあるんですね。でも、PostPetを手掛けていたときのぼくは、ビジネスとして出資を受けてつくるのだから、最低でも採算分岐点に乗せなければと思い、同時に、お金だけでなく多くのファンがついてくれることも大事だと考えていました。結果的に、「So-netに加入してPostPetを使いたい」と、みなさんの心を動かせるもの、ビジネスにつながるものをつくれたと思っています。

 しかもそれが長く続いているのが凄いですね。いまでも公式サイトがありますし、グッズも人気があります。

八谷 すでにメールソフトとしての寿命は終わっているのですが、企業キャラクターとして生き続けてくれているのは嬉しいことです。みんなで遊べるツールというのがよかったんでしょうね。ぼくの作品は、一人でつくって「これいいでしょう」って見せるより、みんなで面白いことやりませんかという提案型のものが多いんですよ。PostPetもV3というバージョンをつくったときにキャラクターを3D化してあるので、今後、スマートフォンで、みんなで遊べる面白い展開ができないかなと考えています。

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1998年 PostPet ©Sony Network Communications Inc.
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PostPet V3 ©Sony Network Communications Inc.

世界平和への願いを込めて
純真なナウシカの思いを胸に

 もう一つ、八谷さんの代名詞のようになっている作品、“ナウシカの飛行具を思わせる”『OpenSky』のプロジェクトは20年も続いているそうですね。

八谷 ぼくの作品の中には“乗り物シリーズ”とも言うべきもの、たとえば、ブランコに乗ると虹が出る『オーヴァー・ザ・レインボウ』や、スケートボードのランページが透明で海が透けて見える『ライト/デプス』など、実際に人が乗って成立する作品群があります。その中に、『AirBoard』という、映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー2』に出てきたホバーボードを実際につくって動かしてみようという作品があって、そのとき初めてジェットエンジンを使ってみたんです。でもAirBoardは“半分ネタ”と言うか、技術的には冗談みたいなことをあえてやる意識が強かったので、次回作は真面目にジェットエンジンを使って作品を完成させようと始めたのがOpenSkyでした。人が空を飛ぶっていうのは大変なことで、1年や2年で完結するものじゃありません。いろいろ試行錯誤し、操縦をする自分自身も、ハンググライダーやカポエイラを習って訓練を重ねていた時期もありました。20年も続けて大変だった、というより、楽しみながらやっていたらあっという間に時間が経っていたという感じですね。

 いまでも、飛行シーンの動画がTwitterで拡散されるなど、つねに新鮮な感動をもって多くの人に受け入れられていますね。

八谷 Twitterの「#なかなか発売されないのでつくりました」というハッシュタグを見て、まさにぼくがOpenSkyでやろうとしたことだなと思って映像をアップしてみたら、予想を超える反響がありました。このハッシュタグを辿っていくと、面白いものがたくさんあるんですよ。「ないからつくる」「ほしいからつくる」って、とてもシンプルだけど大事なこと。みんなもっとやればいいのにって思います。やっているうちにあれこれ調べたり勉強したりして得たものが、新しい仕事の種になるかもしれないのですから。

 書籍『ナウシカの飛行具、作ってみた。』には、2003年から10年間の記録が収められていますが、始めた動機も詳しく書いてありますね。

八谷 2003年はアメリカ・イラク戦争が起きた年。証拠もないのにアメリカがイラクに攻め込んでいって、民間人もたくさん亡くなるという理不尽な状況を目の当たりにしました。それに対して日本政府が当時簡単に米国に賛同しているのも納得いかなかった。自分自身がどうすることもできないもどかしさのなか、国同士の戦争をやめさせようと仲介したナウシカが思い浮かび、彼女を乗せる機体を象徴的につくることぐらいならできるんじゃないかと。そんな気持ちでプロジェクトを立ち上げました。ナウシカの飛行具はアニメの世界のものですが、現実世界の飛行機というのは国家や戦争を象徴する存在でもあります。あれこれ調べていくうちに、日本も第二次世界大戦以前は飛行機を生産する技術を独自に持っていたのに、戦後はそれがほぼ壊滅しているという意外な事実を知りました。それなら民間で作れる人が作ればいい。純粋に空飛ぶ楽しさみたいなものを表現して、平和をイメージするような飛行機をつくってやろうというのが、OpenSkyスタートの動機です。

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飛行するM-02J実機(撮影:香河英史)

アートな自作飛行機を引っ提げ
アメリカのエアショーに乗り込む

 しかし地上を走る電動自動車ぐらいならともかく、アーティストが、空飛ぶ飛行具をつくるなんて、われわれ素人には想像もつきません。

八谷 技術的なことを突き詰めていくと、世界的な飛行機の本場って、やはりアメリカ、フランス、ドイツあたりになるんですね。日本はそこからずいぶん遅れた立ち位置にいるわけです。そんな日本で、専門家でない自分がつくったものを本場に持っていったらどうなのか。それを確かめてみたいという気持ちがずっとありました。そこで2019年に、アメリカの大きなエアショーにOpenSkyで参加してみたんです。

 凄い度胸ですね、日本男児の(笑)。

八谷 やはり現地に行ってみて初めて実感できた、ということがたくさんありました。参加者の多くはアマチュアの飛行機愛好家なんですが、クルマではなく、みんな自家用飛行機に乗って会場まで来ているんですよ。中には自作の飛行機でやって来る人までいて。主催は民間団体なのですが、会場には米軍も参加していて、軍や州兵の募集も普通にやっているし、一日に何度も米国国歌が流れて、その度にみんなスピーチやトークを中断して脱帽し、敬礼する。そんな普通のアメリカ人の姿を目の当たりにできたのは新鮮でした。自分の想像の中のアメリカと現実のアメリカは全然違っていたんです。

 数多くの民間飛行機が参加するエアショーの中でも、OpenSkyのように操縦者の体一つで飛んでいるタイプは珍しかったのではないですか?

八谷 超軽量動力機やモーターパラグライダーというごく小さい飛行機はあるんですけどそれらは当然ジェットエンジンじゃなくプロペラ機。ジェットでこういう形のものはやはり他にはなくて、「お前は勇気があるな」と、よく声をかけられました。OpenSkyの操縦形態がライトフライヤー(ライト兄弟の初飛行の飛行機)に似ていることに気づいてくれて「古典と現代技術のハイブリッドだね」と褒めてくれる人も多かった。ライトフライヤーの姿がさっと思い浮かぶなんて、アメリカ人にとっては、ライト兄弟から始まった飛行機の歴史やライトフライヤーの存在が、人類の歴史となるほど大きく誇らしいものだ、ということですね。OpenSkyをスタートしたときから、このエアショーに出すのが一つの目標だったので、参加していろいろなことを感じとれたのは,本当にいい経験になりました。

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ナウシカの飛行具、作ってみた
発想・制作・離陸
—メーヴェが飛ぶまでの10年間

幻冬舎/構成:猪谷千香 漫画:あさりよしとお


「枯れた技術の水平思考」で
生産終了の3Dテレビを作品に

 テクノロジーをアートに採り入れる、というスタイルを貫く中で、技術の進歩を実感することはありますか?

八谷 実は、OpenSkyのジェットエンジンを最初にフランスから買ったときはかなり高額だったんですが、走行試験中に壊れて使えなくなってしまったんです。手を尽くしたのですが修理はできず、しょうがない、と新しいものを探してみたら、すでにずいぶん安くなっていて、しかも機能はかなり上がっていました。技術がどんどん進化し、それによって、いいものが安く手に入るようになるのはありがたいことです。

 とは言え、ハイテクばかりでは、世の中、息が詰まってしまいますよね。

八谷 ぼくが尊敬している横井軍平さん、任天堂のゲームボーイをつくった人ですが、彼の名言に「枯れた技術の水平思考」というのがあるんです。最先端の技術ではなく、あえて一世代前の技術を深く考えて使うと面白いものができるかも、ということ。最先端の技術はどうしてもコストが高くなるし、高くなった分、真面目なことに使わなくてはいけないような空気が出てくるけれど、普及している技術だと平気でおバカなことにも使えるんですね(笑)。だからぼくも、先進性にこだわらず、ある程度こなれた技術を、人間の欲求や欲望に近い方向に使っていくことを模索していこうと思っています。

 八谷さんは、アラレちゃんをつくった博士「則巻千兵衛(のりまき・せんべえ)」のリアル版と言われることもありますが、おバカな発想による、おもしろ発明アーティスト的なところがあるからなんでしょうか。

八谷 確かに、これがあったらいいな楽しいなと思うものを発明のようにつくっていく、というのはいいですね。そしてそれが安くできるなら、もっといい。いろんな人がいろいろ試せる分、面白いものができるんです。ぼくの一番新しい作品は『Homemade CAVE』という、3Dテレビを連結した画面で、大勢が同時にVR映像を楽しめるというものですが、これも実は中古の3Dテレビをネットオークションやフリーマケットアプリで安く手に入れることができたところから始まっているんです。

 中古のテレビ!まさに“枯れた技術”ですね(笑)。

八谷 3Dテレビって、2011年あたりから出始めて2015年くらいで生産終了しているんです。枯れてしまった最大の原因の一つは、当時、大型テレビそのものが高価すぎてなかなか普及しなかったということ。それに、3Dコンテンツが出揃わなかったということもあります。最近ふと3Dの映像作品をつくりたいなと思って調べてみたら、中古品としてネットでずいぶん安く買えるようになっていました。これを使えば、自分が表現したい3D映像をテレビに映し出せるだけでなく、3DアートやVR作品をつくっている他のアーティストたちにも開放できる“プラットフォーム的な作品”として面白くなるんじゃないかと閃いたんです。

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もぐもぐしている動物たちを
ボーっと見るのもいいじゃないか

 Homemade CAVEは、家でテレビを見ているように、その場にいる人みんなで楽しめるのが魅力ですね。

八谷 VRと言うと一般的にゴーグルをかぶってその世界に没入するようなイメージがあるかもしれませんが、3Dテレビを改良したHomemade CAVEならば円偏光のグラスと、ポジショントラッカーを身につけるだけで、奥行きを実感できるVR体験が気軽に楽しめます。ゴーグルを身につけるVRでは、一人だけ別世界にジャッインする感じですが、こちらではその場にいる大勢で会話をしながら見られるというスタイルにこだわりました。主役の人の視線に合わせて映像が動いたり、コントローラーを使って映像内のものに触ったりできるインタラクティブ性も大きな特徴です。

 CGのキャラクター映像やリアルに撮影してきた街並みなど、多種多様な映像が短編映画集のようにパッケージされているのも面白いですね。

八谷 この作品を、東京・銀座の複合施設『GINZA SIX』で展示する際に、ぼく自身がつくった映像の他に、ティルトブラシアプリを使った3D空間ペイントで知られる「せきぐちあいみ」さんや、Homemade CAVEにつかってるコア技術「Portalgraph」を生み出した「ROBA」さん、ほかいろいろな友人知人にお願いして、10本程度の映像を一つの作品として展示しました。フォトグラメトリーという、写真をいろいろな角度から撮ることで3D化する技術を使った作品や、プラネタリウム映像的なものなど、映像のテイストがいろいろなので、会場では、たまたま通りすがったお客さまも足を止めて楽しんでくれてました。こうして柔軟な発想でコンテンツを拡げていくことで3Dテレビが市場に復活するようになったら、さらに嬉しいんですけどね。

 コロナ禍の現代だからこそ人気が高まりそうなコンテンツもありますね。

八谷 さまざまな街の風景を映し出した実写作品などは、旅行感覚で楽しんでいただけると思います。ぼく自身、行ったことのない街を散策した気分になれましたから。若い人や家族向けとは別に、旅行などに気軽に行けない、行動に制限のあるような人が、思い出の場所や行きたい場所を訪れ、その感覚をリアルに楽しめるような展開も考えています。

 「これを見てくれ」と押しつけられるのではなく、ただ見たいものを眺めているだけで癒される、ということはありますよね。

八谷 Homemade CAVEの1コンテンツとしてつくった『FirstBite』という作品は、コロナの緊急事態宣言中(2021年)に撮影したものですが、人と一緒に食事をできなくなっている状況の中、「動物が食べ物をもぐもぐ食べている様子をひたすら見ていたい」と思ってつくったものなんです。伊豆シャボテン動物公園に協力をお願いして至近距離で動物たちの食事風景を3Dで撮らせてもらったもので、自分が動物に餌をあげているような感覚を目指しました。


30年経っても変わらない
面白さを追いかけ続ける好奇心

 八谷作品は、動物ネタでもやっぱり“まずは自分が見てみたい、楽しみたい”が基本なんですね。

八谷 ぼくの場合はさまざまなテクノロジーを採り入れて、なるべく多くの人に届くような作品にしていますが、みんなもっとシンプルに自分がほしいもの、楽しめるものをどんどんつくっていけばいいと思うんです。いまは小ロットで出版物を発表できるコミケや個人でつくったものをみんなで楽しむメイカーフェアの文化もありますし、手芸作品などを販売できるサイトもありますから。ぼくの作品も本質的にはそういう創作活動の延長にあると思っています。そんな作品や作り手が増えていけば文化自体が豊かになっていくでしょうし、そうした社会が健全な社会なのではないですかね。

 アーティストとして30年、つねに独創的な作品を発表し続けてきた八谷さんですが、今後の取り組みへ向けて、自身の中で何か変化を感じることはありますか?

八谷 あるとしたら、動物に対する関心が高まっているということですかね。現在、東京藝術大学の取手キャンパスで教員をやっているのですが、キャンパス内でヤギを飼っていて、その行動を観察しているだけで飽きないんですよ。最近なぜか“動物欲”みたいなものが刺激されているように感じます。ぼくの作品にはもともと、PostPetに代表される“動物シリーズ”という流れがあって、さきほど紹介したFirstBiteもその一つなんですが、飼育員さんたちに立ち会ってもらい動物の食事風景を撮影する際、すぐ目の前で、生で見る動物の可愛さに、もの凄いパワーを感じました。

 八谷さんはYouTuberではないのですか?

八谷 ぼく自身は、作品や展示会などの情報をネットで拡散するときTwitterをメインにしています。SNSを活用すれば、美術業界や美術好きの人だけでなく、飛行機好きの人や動物好きの人などにピンポイントに情報を行き渡らせることができる、いまはそんな時代です。だからぼくだって来年はいきなり田舎で暮らしているかもしれないし、突然YouTuberになっているかもしれません(笑)。「30年間もやってきたのだから、これからもっとカッコいいことをやらなくちゃいけない」なんて考えず、この先もずっと、自分が面白いと思うことを追いかけて、そこに自分が得意な形のテクノロジーを取り込んで、みんなが一緒に楽しめるような作品をつくり続けていくんじゃないかと思います。

<Homemade CAVE>
初期のVRで壁一面を使うCAVEと呼ばれたプロジェクターによる大規模施設を、中古の3DテレビとPCとVR機器により低価格で複数の人が同時に楽しめるVRシステムとして作品化。八谷さん自身が制作した映像の他、世界的なVRアーティスト・せきぐちあいみ氏など個性豊かなクリエイターの映像を加えてGINZA SIXで上映、展示され大きな反響を呼んだ。

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ファーストバイト
コロナ禍により、人と一緒に食事をしにくいという緊急事態宣言中の2021年、だったら動物がごはんを食べているところをずっと見ていられたら、という思いで、伊豆シャボテン動物公園に協力を依頼して至近距離で撮られた動物もぐもぐ映像(3D)。八谷さんの中にある、PostPet以来の「動物欲」がいかんなく発揮されている。
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PostPet VR
メールを運ぶ可愛いテディベア、モモが、3D化してVR映像に。PostPet20周年のときに、展示試作として作られたPotPetVRを、VRゴーグル無しで複数人同時体験できるようにしたもの。映像展示だけでなく、コントローラーを使ってモモを撫でたり小突いたりして楽しめる仕様になっている。
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