移りゆく四季、日々の暮らし
その中にひそむ
「気づき」や「驚き」が、絵となり言葉となる

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イラストレーター エッセイスト
平野 恵理子氏

静岡県生まれ、横浜育ち。三年間の会社勤務を経て、フリーランスのイラストレーターに。美しく緻密なイラストと温かみのある文章で、暦や旅、和のもの、山歩き、暮らしなどにまつわる著書多数。自著のほか、単行本や雑誌や新聞の挿絵も手がける。2018年より山梨県小淵沢に移住し、日々の暮らしを描いた『五十八歳、山の家で猫と暮らす』(亜紀書房)を刊行。主な著書に、『きもの、着ようよ!』『和ごころ暮らし』(ちくま文庫)、『私の東京散歩術』(山と溪谷社)、『こんな、季節の味ばなし』(天夢人)など。


国鉄がJRになったとき
大きな転機がやって来た

 平野さんは「イラスト・エッセイ」という分野の先駆者的な存在としてたくさんの著書を発表されていますが、はじめからこのスタイルだったのですか?

平野 いえ、最初の1、2年はイラストレーターとして活動していました。美大に入ったときはデザイン科で学んでいたのですが、途中で、自分がやりたいのは絵を描くことなんだと気づき、それからどんどん描き始めまして。卒業後3年ほど会社勤めでイラストや印刷物制作に携わり、どうせやるならと、フリーのイラストレーターとして独立したわけです。

 ずいぶん思い切りましたね。若い新人だと売り込みが大変だったのではないですか?

平野 私はもともと気が小さいものですから、作品を描きためて出版社に持ち込む、という勇気がありませんでした。そこで、個展を開いて作品を見てもらって、という形で活動したところ、少しずつ出版関係の方からお仕事をいただけるようになったんです。女の子向けの雑誌で美容記事の説明イラストを描いたり、新聞のカットを描いたり、当時はがむしゃらにいろいろなことをやりました。

 イラストに文章を添える作品を手掛けるようになったのはいつ頃からなんですか?

平野 きっかけは国鉄が民営化されてJRになったばかりの年、JR東日本からいただいた「鉄道の旅のイラスト・エッセイ」の仕事でした。最初はライターさんと組んで私はイラストだけ担当していたんですが、なぜか「文章も書いてみない?」と言われて。それならと前向きに考え、各路線を走っている車両などを絵に描きながら自分なりに文章を添えていきました。

 モチーフは現役の車両だけなんですか?

平野 当時走っていた古い車両を描いたりもしますし、その地方のお土産物、駅で売られているその季節のその地方の果物とか、駅員さんの一日を描いたこともありました。JR東日本なので、都心だけでなく、トイレもないような東北の田舎町の駅など、行ったことのない土地を尋ねて行けるのが楽しかったですね。


ハワイで思い知った
あまりに日本を知らない自分

 「鉄道の旅」でイラスト・エッセイのきっかけができて、「ご自分の本」に繋がっていくわけですね。

平野 JRや他の仕事でいっぱいいっぱいになっていた頃、ある出版社の編集者の方から「一緒に本を作りませんか?」とお手紙でお誘いをいただきました。自分に著作ができるなんて思ってもいませんでしたが、もともと本が大好きですから、イラストも文章も何とか頑張ってみようという気持ちになったんです。

 最初の本はどんなテーマだったんですか?

平野 ハワイの本でした。ちょうど30歳をすぎたばかりの頃、ハワイに夢中だった時期があったんです。ハワイ好きと言っても、1カ月の滞在中に一度も海に行かない変わり者で(笑)。私は山の方が好きなんですね。ハワイの山って独特な暗さ、影の濃さがあるんです。それに魅せられていました。それと、ハワイには日本からの移民がたくさんいて、日系人のコミュニティがあるという歴史的事実にも興味を引かれ、現地に行くたびに訪れて話を聞いたりしていました。とにかくハワイの魅力に取り憑かれてしまっていたので、ハワイのことを本にまとめたいと。編集者の方に持ちかけたら企画が通り、初の出版に向けて、イラスト・エッセイの制作に取りかかり始めたわけです。

 そうして完成したのが『ハワイ島アロハ通信』(東京書籍・ちくま文庫)ですね。

平野 私には、あるものの魅力にハッと気づくとしばらくは取り憑かれたように耽溺してしまう習性があって、その大きな波が数年周期ぐらいでやって来るんですよ。

 だから平野さんの本にはいくつか柱があるんですね。日本の伝統文化に関する著書も大きな柱の一つでしょう。

平野 日本に住んで普通に暮らしていても意外に見過ごしていることってありますよね。私の場合、ハワイを何度も訪れていたとき、ハワイの人に日本のことをいろいろ訊かれてもうまく答えられず、あまりにも母国のことを知らない自分に気づいたんです。神社の鳥居の意味とか、相撲のルールとか。ちゃんと自分で説明できるようになりたいと思い、ハワイから帰国後、美術館や博物館に行っていろいろ見たり調べたりするうちに「こんな面白いものがあったのか!」と、日本の文化の素晴らしさに、あらためて気づくことができました。日本文化の逆輸入をしているみたいな感じで。

 日本の伝統行事や文化、和のものについては、デビューされた頃から現在に至るまで一貫して描き続けていらっしゃいますね。

平野 本当に奥の深い世界ですから、まだまだ勉強中です。今後も、もっと調べてもっと学んで、実際にその場所に行き自分の目で見て、自分ならではのイラストと文章にしていきたいと思っています。

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『ハワイ島アロハ通信』
『ハワイ島アロハ通信』
ちくま文庫

暦の仕組みを理解して
生活が豊かになった

 伝統と言えば、暦や歳時記に関する本もたくさん出していらっしゃいますね。

平野 私は、自分の中で気づきを得たら、どうしてもそれを人に伝えたくなるんです。暦のこともその一つ。暦の仕組みを初めてちゃんと知ったときに、頭がパッと開けたような感じがしたんです。冬至、夏至、春分、秋分という言葉はもちろん知っていましたけれど、それらが、一年を輪っかにして描いたとき、きっちり四分割する位置にあり、そこから春夏秋冬の四季ができあがった、という基本的なことをわかっていなかったんですね。春夏秋冬をさらに六分割して二十四節気、さらに細かく三分割して七十二候になっているということも。すべてが繋がったとき、「そうだったのか!」と目から鱗の気分でした。そして、カレンダーに書いてある二十四節気や七十二候を表わす言葉を何となく眺め、その意味もよく知らないまま過ごしてきて「すまなかった!」というような気持ちにもなりました。調べれば調べるほど、暦というのは科学的かつ天文学的に非常に正確につくられていることがわかり、古来、日本人はそれに基づいて心豊かに暮らしていたんだということに、あらためて気づかされます。

 そんな平野さんの「気づき」や「感動」が、イラスト・エッセイになっていくわけですね。一連の歳時記関連の著書についても、やはりご本人の「どうしてもこれを伝えたい」という気持ちがベースになっていると。

平野 思えば子どもの頃から、七草粥とかお雛祭りとか「ハレの日」になるとなぜかとても高揚していましたので、自分自身、もともとそういう四季を楽しむ暮らしが好きだったんだと思います。

 ひと口に歳時記と言ってもいろいろな切り口がありますが、平野さんは『歳時記おしながき』(学研プラス)や『こんな、季節の味ばなし』(天夢人)など、食べ物に焦点を当てたものがお得意ですよね。

平野 いまの世の中、野菜でも果物でも一年中いつでも買えてしまうんですけれど、旬の季節を知っていれば、本来の季節に採れるものを選んで食べられますよね。知らないと何も考えずに目の前に並べられたものを買ってしまう。やはり旬のものはおいしいし、体が求めている感じがします。私も歳を重ねていくうちに自然と、冬にはトマトやキュウリなどの夏野菜を食べたくなくなるようになってきました。冬はやっぱり、白菜や大根のような白い野菜を食べたくなるんですね。季節と身体がかみ合って個人的な歳時記が出来上がってくるような気がします。

 『天然生活手帖』(扶桑社)を、まさに歳時記手帖のように持ち歩けば、季節の移り変わりや伝統行事を、より身近に感じることができるのではないでしょうか。

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『歳時記おしながき』

新年を迎えてから大晦日で終わるまで、春夏秋冬に合わせて暦の上での特別な日を旬の食べ物やその時々の行事のイラストとともに解説していく。序章で暦の仕組みについて解説し、それぞれの日を謳った俳句や古典作品からの引用、解説をしながらその日の意味を読み解いていく。注釈も丁寧

学研プラス

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平野 意識しないと時間はどんどん過ぎていき、せっかくの「季節のしるし」を見過ごしてしまいます。手帖の形で歳時記が身近にあれば、「今日は何の日だろう」と何気なくページを開いて季節のしるしに気づくこともできるんです。このあいだ、ふと暦を見て十三夜だということを知り、夜、窓越しに月明かりを感じて過ごしました。寒いから外には出なかったんですけれど、十三夜の月を心に思い浮かべながら素敵なお月見ができたような、とってもお得な気分になりました。

 現代人には、もっともっと、季節との一体感が必要なんでしょうね。

平野 私の本を読んだという、小さなお子さんのいるお母さんから「我が家でも季節の行事をやってみます」というお手紙をいただくことがあるんですが、そんなとき、とても嬉しくなります。暮らしの中の伝統行事は、親から子へ伝えていくのが一番だと思いますから。子どもの頃にやってもらったことって嬉しくて楽しくて、ずっと覚えているものなんですよね。私の著書が、お子さんにとってかけがえのない思い出をつくれるきっかけになったのなら本当に嬉しいです。


山の家に住み大自然と向き合う

 季節の移り変わりは、こちら八ヶ岳山麓の家に移り住んでから、より身近に感じるようになったのではありませんか?

平野 身近どころか、自然が直撃してきますから(笑)。ここは、子どもの頃から夏の間だけ避暑にやってくる別荘のような家だったんですが、横浜の家で母を看取った後、少し気分を変えたくて、1年ぐらい過ごすつもりでやって来たんです。実際に暮らしてみると大変なことがたくさんありました。まず虫がすごい(笑)。都会では見たこともないような虫がたくさん、しかもどんどん家の中に入ってくるんです。豊かな緑や花には、もれなく虫もついてくる。これは思ってもみないことでした。それから寒冷地なので冬は本当に寒くて、何もかもが凍ってしまうんです。オリーブオイルやゴマ油などキッチンの油は全部凍ってトロトロになってしまいます。ですからこの地域では、秋も半ばを過ぎると、水道管が凍ってしまわないようにヒーターが入り、朝一番で水道をひねると、いきなりお湯が出てくるんですよ。最初は何もかもが驚きの連続でした。

 そんな数々の驚きは『五十八歳、山の家で猫と暮らす』(亜紀書房)に詳しく書かれていますね。

平野 大変だけど、どこかで面白がっている自分もいるんです。だからエッセイに書けるんですね。ここで暮らしていると、もちろん普通に仕事もしているんですけれど、日々の生活が面白くて、まるで長い休暇を過ごしているような気持ちになります。小人さんの家みたいな小さな家ですが、自分だけの空間を楽しんでいる感じもあり、気がついたらこちらに来てもう5年目になりました。最初は本当に1年だけのつもりで、春夏秋冬一巡の移り変わりを見届けたら1冊の本にまとめようと思っていたんです。でも、慣れない暮らしにあたふたしているうちに何もできないまま1年過ぎてしまって。やりたかった庭作りも手付かずになっていたのでもう1年だけいようと決めて。でも2年目が終わっても苗すらちゃんと育てられなかったからもう1年……おかしい、こんなはずじゃなかったと(笑)。いまは、とりあえず気が済むまでここにいようという気持ちになっています。

 やはり大変さ以上に素敵なことがあるわけですよね?

平野 早朝の散歩の途中で麦畑や蕎麦畑を観察して、その成長の早さにびっくりしたり、自然の中での発見が増えることで、暦への感じ方や考え方が、より直接的になってきたということはありますね。お祭りなどの年中行事は作物の獲れる時期にも関わりが深く、伝統行事は季節の移り変わりや天体などとの関わりにおいて理に適っているからこそずっと続いてきたわけです。それを知れば知るほど、暮らしの中の行事を大切にしたいという気持ちが大きくなっていくのではないかなと思います。

 知る、と言えば、平野さんの本には植物などの詳細なイラストに、手書き文字で名称や説明がわかりやすく添えられている形が多いですね。読んでいて「初めて知った」ということがたくさんありました。

平野 たとえばオリヅルランという文字だけ見ても、知らない、何のとこだろうと思う人がいるかもしれません。でも絵で描いて、書き文字で名前を添えてあげると、「ああ見たことある」「これがオリヅルランなのか」と、ぐっと伝わりやすくなるんです。そんなふうにオリヅルランというものを本で知ってくださった人がお花屋さんでオリヅルランを見かけたら、「買ってみよう」という気持ちになるかもしれない。植物でも鳥でも虫でもそうですけれど、名前を知ると百倍親しみが湧くのは確かです。私の場合、この家に住んでから鳥がしょっちゅうベランダに来るようになって、これはシジュウカラ、これはヤマガラだと次々名前を覚えていったらどんどん興味が湧いてきて、おかげで日本野鳥の会に入ってしまいました(笑)。鳥や植物や虫の名前を覚えながら仲良くなっていくことで自分の世界が広がった感じがします。以前、図鑑の絵を描いていたこともあるので、細かくわかりやすいように描き込むのは得意ですし、私の本に図鑑的な役割があってもいいんじゃないかと思うんです。

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『天然生活手帖2022』

二十四節気や月の満ち欠けで季節を楽しみながら暮らしを楽しむ人のための雑誌『天然生活』オリジナル手帖。旬の食べ物や季節の行事にまつわるイラストやコラムが付き、年間カレンダーのほか、月間・週間でスケジュール管理ができる便利手帖

扶桑社

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『五十八歳、山の家で猫と暮らす』

母の死をきっかけに暮らし始めた八ヶ岳の麓の家。これまで体験したことのなかったような虫や寒さに戸惑いつつ、散歩して季節の移り変わりを感じたりベランダにくる小鳥を観察したり庭を作ったりする日々を描く。山の暮らしを彩る植物や道具類を描いたカラーイラスト口絵つき

亜紀書房


すべてが愛おしい
紙の本が好き

 図鑑的な役割と言っても、調べたいものを探し出すというより、平野さんの本は全体を眺めて楽しむ感じですね。

平野 紙の本のいいところって、そういう、自分が知りたい以外の周辺の情報も目に入ってくるところですよね。デジタルにも、検索や保存が便利だとか、資料的な意味合いで優れた部分があるとは思うんですけれど、私は、自分で買うなら絶対に紙の本です。暦の解説で、一年が輪っかになって四季も二十四節気も七十二候も一目でわかる大きな表を見たりすると、紙の一覧性は本当に素晴らしいなと思うし、それはなかなかデジタルで置き換えにくいものだと思うんです。

 紙は、触っているだけでもほっとしますよね。

平野 私はそもそも紙が大好きで捨てられないタチなんです。以前『捨てられないものたち』という個展をやったとき、イラストにしたのは、デパートの紙袋とかマッチ箱とか牛乳の紙パックとか、他の人から見たらゴミみたいなものばかり(笑)。思い出として絵に描いたら未練なく捨てられるかと思ったんですが、描いているうちに愛情が湧いてしまってますます捨てられなくなってしまったという、それくらい紙が好き、とくに印刷物が大好きなんです。会社員時代に自分の描いたイラストが、印刷工場で印刷される過程にまで立ち会った経験もあり、割付とかオフセット印刷の仕組みとかドットの色分解といった印刷の工程を広く深く勉強させていただいたことがあるので、印刷物を見ると、どんな工程を経て現在の姿になったのかが伝わってきて、それだけで愛おしく感じてしまいます。だから捨てられずにコレクションになってしまうんです。

 平野さんの本も、図鑑のように重厚感があって長年使い込まれるものから、手帖のように簡単に持ち運べるものまでそれぞれにこだわりのある紙の使い方をされていますね。

平野 本によっていろいろな役割があるのでしょうけれど、やはり本は紙に印刷しているものが一番です。手に持ってページを1枚1枚めくりながら読んで、ここまで読んだと栞を挟むといった何気ない行為の一つも、本を読む楽しみなんですね。紙の本を読み込んでいくとページが浮いてきてクタっとなっていくじゃないですか。そんなところにさえ親しみを感じてしまいます。電子書籍も確かに便利なツールだと思いますが、私はこれからもずっと、紙の本に愛情を持って仕事を続けていきたいですね。

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