「ITと印刷の未来」第2回
ITと印刷物を連携させて、みんなで「面白き こともなき世を 面白く」
IT人材は、印刷会社同士の協業ネットワークを活用

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 株式会社三和印刷社(本社:山口県下関市長府扇町9番1号)は、永年、商業印刷を中心に事業展開をしてきた中で、近年、スマートフォンなど携帯端末向けモバイルアプリケーションの企画・開発に積極的に取り組み、公共施設や自治体に提供。今では無くてはならないアプリとして多くの人に活用されている実績があります。「ITと印刷の未来」をテーマにしたインタビューの第2回目は、印刷会社ならではのIT活用法やITと印刷物を連携させるヒントなどについて、同社 代表取締役社長・平野貴昭氏に富士フイルムグラフィックソリューションズ株式会社(FFGS)広報宣伝部 部長 前田正樹が伺いました。

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左:FFGS前田部長
右:株式会社三和印刷社 平野社長

印刷物やARアプリケーションなどを連携させてお客様に価値を提供するのが強み

前田:最初に、御社の概要や平野社長の経歴などについて教えてください。

平野社長_1

平野社長:三和印刷社は、元々印刷会社に勤めていた父が、1970年にオフセット印刷会社として設立しました。その頃私は6歳くらいで、突然自宅に置かれた小さな印刷機を見て「これは何だろう」と思ったのを覚えています。版下をつくる時に使う見たことのないペンや定規を眺めて、子供ながらに「ものづくりって楽しそう」と感じていました。当時は、ページ物や事務用印刷の仕事が中心でした。
 当初は会社を継ぐつもりがなかったので、大学卒業後、アパレル商社に入社しましたが、1989年に当社が下関市に新しくできた印刷団地に移転することになり、一度帰って手伝ってみようと思ったのが入社のきっかけでした。その後、2000年に代表取締役社長に就任しました。
 現在は、商業印刷の仕事が中心で、主なお客様は学校や観光関連の企業、自治体などです。社長に就任した頃から企画提案に注力してきましたが、これは消耗戦のような行き過ぎた価格競争から脱却したかったからです。今は、印刷の仕事と合わせてモバイルアプリケーションの仕事も積極的に開拓しています。

前田:平野社長がモバイルアプリケーションに取り組み始めたきっかけは、何だったのでしょう?

平野社長:観光関係の仕事が多かったせいもあると思うのですが、私は常々、“お客様が行動を起こすきっかけになるような印刷物を作りたい”と思っていて、そのためにはマーケティングが必要だと考えていました。モバイルアプリの中で最初取り組むきっかけになったARを使ったアプリケーションは、第1回目でお話をされていたウイズの老田役員との出会いからでした。その際に「ARはあくまでもその手段で、目的はマーケティングだ」ということをお伺いして共感しました。確かに、アプリケーションならマーケティングに必要な数字を拾うことができると考えました。
 商業印刷物だと、お客様が実際に来店して下さって、初めてその効果・成果が分かります。一方、モバイルアプリケーションでは、ご興味をお持ちいただいている潜在的なお客様がどれだけいるかも数字で拾えます。これが私のやりたかったことで、絶対に面白い!とビビッときて、早速取り組みました。

前田部長_2

前田:以前お伺いした際に「私たちはお客様の価値を提供することを重視していて、印刷やアプリケーションはその手段なんです」という平野社長のお話がとても印象的で、強く心に残っています。実際、印刷やARなどの様々な手段を連携させて価値を提供されていることが、御社の強みだと思います。

平野社長:ありがとうございます。様々な手段を組み合わせて価値を提供するには、たくさんの方々のご協力が必要になります。高杉晋作の「面白き こともなき世を 面白く」ではありませんが、みんなで楽しいこと・面白いことをやったら下関の街も元気になるのでは、と思って頑張っています。


たくさんご利用いただけるアプリケーションをお客様と一緒に企画・開発

前田:御社は、公共施設や自治体にモバイルアプリケーションを開発・提供されています。その経緯を教えていただけますでしょうか。

アプリ説明

平野社長:2017年(平成29年)にスタートした下関市立歴史博物館公式アプリ『ワクワクれきはく』が、当社のアプリケーション第1号です。歴史博物館は2016年(平成28年)11月に現在の場所に移転・開館したのですが、その際に新しい取り組みを模索されていました。それを大きなチャンスだと捉えて、「ARを使った面白いモバイルアプリケーションを新しい博物館内で使いませんか」と提案したのがきっかけでした。
 インバウンド需要に対応するため、ARを使った展示内容の説明文は日本語に加えて、英語・中国語(簡体字、繁体字)・韓国語とマルチリンガルになっています。他にも、マルチリンガルでの情報のプッシュ配信、マーカーをARで読み込むと現れる坂本龍馬と一緒に写真が撮れるといった博物館に来ないとできない仕掛けなども、市の担当職員の方々と一緒に企画・開発しました。職員の方々は、来場者数や滞在時間だけでなく、どの展示にどれくらいご興味を持たれたか、といった数字まで拾えるようになったことを喜んでくださっています。また、プッシュ配信への反応で利用者の居る地域が見える化できるのですが、日本全国さらには世界の様々な国々でアプリをご利用いただいていることが分かり、とても驚かれていました。

ワクワクれきはく

前田:下関市の皆様に地域の情報や日常生活に役立つ情報などを配信するモバイルアプリケーション『しもまちアプリ』も、御社で企画・開発されたとお伺いしています。このような自治体のインフラになるようなアプリの提案はどのように進められたのでしょうか。

平野社長:『しもまちアプリ』は、2020年10月にスタートしました。きっかけは、市の担当者の方に『ワクワクれきはく』をご紹介したことでした。「これで何か面白いことやりましょう」とアポも取らずに飛び込みで訪問して(笑)。1年ほどかけて市民の役に立ちそうなアプリケーションのコンテンツや有益な機能の提案をしてきました。
 ここまでは特に苦労はなかったのですが、残念なことに、アプリケーションを実際に開発する企業はコンペで選ばれることになりました。当社も含めた3社でのコンペでしたが、その内地元企業は当社だけで、他2社は東京の会社でした。企画した当社が絶対に受注しようと思い、審査員の方々に響く内容や言葉を必死で考えて提案資料を作成し、受注することができました。
 この『しもまちアプリ』も、たくさんの方々に使っていただいています。特に、居住地域ごとのごみの日カレンダーやゴミ出し日を事前にお知らせするプッシュ通知、防災情報の自動配信、地域行事や学校行事案内のイベントカレンダー、といったコンテンツはよく利用されていて、生活に根付いてきたと感じています。おかげさまで、「5年で3万ダウンロード」という目標は1年2カ月で達成し、4年3カ月を過ぎた現在は5万ダウンロードが目前となっています。

しもまちあぷり

前田:『ワクワクれきはく』や『しもまちアプリ』は、実際の開発まで御社でされたのですか。

平野社長:はい、企画開発は基本的に社内で行っています。ウイズには維持管理を委託しています。


ITと印刷物を連携させることは、印刷会社ならではの取り組み

前田部長_1

前田:先ほど、コンペに東京の会社が参加されたというお話がありましたが、その土地のことを理解した上で面白いアイデアを企画・提案し、形にして地域を活性化できるのは、やはり地元の印刷会社ですよね。

平野社長:そうですね。特に当社もそうですが、地方の印刷会社は地域・地元に根付いて事業を行なっていますし、さまざまな業種・企業の方々と日ごろから繋がりがあり、地域の文化もよく理解しています。それは強みになっていると思います。

平野社長_2

 地域活性化といえば、下関市民の皆さんがもっと楽しめるものということで、『しもまちアプリ』にスタンプラリー機能も3年前に入れたんですよ。その際、17地区各5ヶ所、合計85ヶ所にスタンプがARで取れるという仕掛けも作りました。スタンプを取るためのARマーカーは、石碑や絶景スポットの案内板等に設定しました。スタンプが貯まるともらえる記念品に名物のそうめんや地元で採れた野菜のセットなどをご用意いただたくなど、地域の方々にも楽しみながらご協力いただけました。いや、あれは面白かったです。初日から日々の参加状況や地区別のスタンプ取得状況を確認できたのですが、あまりの盛況ぶりに市担当者と私も興奮しました。アンケートの内容も都度見ることができましたのでトラブルも即時対応することができました。イベント終了後に参加状況やスタンプ取得状況など様々な角度から集計したものを報告書として提出しました。第1回目開催時はコロナ禍でしたので地域のイベントはことごとく中止に追いやられたのですが、終わってみると第1回目は4,500人以上の方々に参加いただき大成功でした。これらのことが第2回・3回へと繋がったんだと思います。

前田:「ITと印刷物を連携させる企画を顧客に提案したい、地域活性化などにも取り組みたい」とお考えの印刷会社も少なくありません。ITと印刷物をスムーズに連携させるポイントは何でしょうか。

平野社長:一見「IT関係の仕事」と「印刷業の仕事」は別のものと捉えがちです。ましてや印刷会社がアプリケーションなんてどう使ってよいのか分からないと思われるかもしれません。しかし媒体こそ違うものの情報発信という意味では同じものという発想が必要です。ご存じの通り印刷物の特性としては、信頼性と一覧性に優れている点が挙げられます。反面情報が古くなりやすいということが欠点です。一方アプリケーションは速報性に優れていることとユーザーに直接伝えられることに加えて反応を測定できます。印刷業者は印刷物の形状や紙質などIT関連業者には及ばないノウハウがあります。加えてアプリ活用によるメリットを押し出した印刷会社ならではの提案をされてはいかがでしょうか?例えば、チラシにスマホをかざすと拡張現実の体験ができるとか、そこから購買に繋げるような仕掛けが出来るとか、印刷物とアプリの併用で効果を見える化でき今後のマーケティングにも活かせます。お客様の価値を上げる、より多くの情報を効果的に効率よく発信して差し上げるというスタンスで今までと違った提案ができると思います。
 当社の名刺の裏には、『ワクワクれきはく』をダウンロードできるQRコードを印刷しています。『ワクワクれきはく』のユーザー、博物館の来場者を増やしたいからです。このQRコードを使って、お客様に当社のモバイルアプリケーションの取り組みをご紹介することもあります。
名刺や封筒、あるいは伝票1枚にしても、仕掛けを付ければいろいろな面白いことできると思っています。「印刷のノウハウ」と「ITを活用した仕掛け」をつなげるなど、印刷会社のできることはまだまだたくさんあります。


協業ネットワークを通じて、みんなでITと印刷物を連携させた商売を広げていく

前田:最後に、御社の今後の展開についてお伺いできますか。

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平野社長:今後、ITと印刷物の連携は必須です。そしてこれから、印刷会社にとっては、ITも印刷機や後加工機と同じ設備のひとつ、武器のひとつだと考えるべきだと思います。その武器を活用して、お客様にいろいろな企画提案ができるようになれば良いですよね。
 当社でも、モバイルアプリケーションで取得したデータの活用をどんどんお客様に提案していきたいと考えています。そうすれば、「次の仕事」も一緒についてくるようになりますから。例えば、パンフレットのお仕事でも、人気のあったコンテンツ・あまり人気のなかったコンテンツがデータから分かれば、「次回は人気コンテンツのボリュームを増やしましょう」といった提案ができます。

前田:確かに、データを取得・活用することで提案の説得力が高まりますね。IT企業は、分析はできるけど印刷物はつくれない。しかし、印刷会社は分析もできるし、分析結果を効果の高い印刷物につなげることもできます。これは、印刷会社ならではの強みですよね。

平野社長:ですよね。そのためにはITスキルを持った人材が不可欠なのですが、残念ながら、世の中的にIT人材は不足してますし、大企業のように給与水準をあげることも難しい。採用するのは簡単ではありません。当社でもITの知識を持つ人材は不足していますし、他の印刷会社でも苦労されていると思います。そこで、同業他社とお互いに強みを活かしてカバーし合える協業ネットワークを構築できないかと考えています。
 例えば、当社なら博物館向けアプリケーションのノウハウを、全国の博物館とお取引がある印刷会社にご提供できます。また、地元の百貨店やスーパー、商店街などを活性化したり、観光をもっと盛り上げるような面白いアイデアなどもまだまだあります。一方で、当社は小さな会社で営業リソースが足りないので、その部分でご協力いただくことができれば、Win-Winの関係が構築できると思います。
 アプリケーションなど、ITもまだまだ進化を続けます。その進化にも敏感に反応しながら、印刷業界がその上手い使い方をもっともっと研究して、できればそれをネットワークで共有して、そこからみんなで商売を広げていければ良いですよね。

前田:ネットワークはとても重要ですよね。最近、私が「強い」「これから伸びていくな」と感じる印刷会社の共通点の一つに「ネットワーク」があります。そうした印刷会社は、ネットワークをしっかりつくり、それを活かしてお客様からの多種多様なご相談に対応されています。IT人材の不足もこうしたネットワークでカバーして、ITと印刷物の連携を進める。これも新しい印刷会社のひとつの形かもしれませんね。
 本日は貴重なお話し、誠にありがとうございました。


【企業情報】
株式会社 三和印刷社
住所:山口県下関市長府扇町9番1号
設立:1970年9月1日
https://www.sanwa-printing.jp/

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