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富士フイルムグラフィックソリューションズ株式会社(以下、FFGS)は、10月28日、富士フイルム 東京ミッドタウン本社(東京都港区)にて「『戦略的縮小という成長モデル』の実現に向けて」をテーマに「経営セミナー2024 経営報告会」を開催しました。
FFGSでは、新たな試みとして、全国の100名以上の経営者からヒアリングを行い、経営上の共通課題を抽出。また経営者の方々のさまざまな取り組みについて伺ってきました。今回の「2024年 経営報告会」では、特に多くの経営者が課題に挙げている、“人・組織の強化”について、改革を実践してこられた株式会社フロット(本社:山形県山形市)の代表取締役社長 阿部 和人氏を講師に迎え、これまでに取り組まれてきた事業領域の移行や変化に合わせた人材育成・組織づくり、「戦略的縮小という成長モデル」に基づいた現在の取り組みなどについて、具体的な事例も交えてお話しいただきました。その内容をレポートします。
事業領域を変化させる
株式会社フロットは、1907年(明治40年)に田宮活版として創業、1945年に有限会社田宮印刷所を設立した創業117年の老舗商業印刷会社です。2010年、デザインやブランディングなどを手掛ける株式会社フロットを100%子会社の形で設立、2024年にその会社を吸収合併する形で一つの企業体となり、さらに商号を田宮印刷株式会社から株式会社フロットに変更しました。
現在、従業員数は89名(2024年1月現在)で、山形・仙台を拠点に中小企業に向けたトータルブランディング事業・セールスプロモーション事業・教育機関の広報支援事業など、幅広く展開しています。
阿部社長は、代表取締役に就任した2019年、自社を取り巻く印刷市場環境を詳細に分析した結果、「当社の将来が四面楚歌であることが明確である」と判断。「本業を維持・縮小しながら新たな領域へ移行する」という方向性にかじを切り、これに伴い、中期的な営業戦略と生産体制を立案し、2020年に社内に発表しました。この中期的営業戦略では、「Web・動画と紙を融合」「印刷業の川上に位置するサービス業への転換」「情報の価値向上」などを通じて「印刷物の価値を上げる」ことを目指し、以下5つの施策に重点的に取り組むことを明らかにしました。
• 中小企業のインナー(社内向け)・アウター(社外向け)ブランディング支援
• スーパー・小売・通販などのプロモーション支援
• 大学の広報支援
• 同業社向け企画ノウハウ支援
• インバウンドマーケティングの推進
合わせて中期的な生産体制としては、印刷物の減少傾向が続くことを前提に、自社の強みである「高品質の安定供給」「工場を稼働して利益を出す」というモデルを継続・発展させながら、勝ち残り、生き残るため、生産部門のコンパクト化を打ち出しました。コンパクト化しながらもこうした強みを維持・継続することを目指して、マルチスキル化(多能工化)などを推進し、生産効率をさらに上げるための生産設備や人員体制、印刷物のさらなる価値向上の実現に取り組んでいます。
事業領域の変化に合わせた人材育成
フロットでは「人材育成は社会教育活動」だと考え、さまざまな取り組みを進めています。「社員は会社を離れれば地域の住民であり、家に帰れば家族の一員。仕事で成長した社員が地域や家庭でもその力を自然に発揮することで、地域の活性化や持続可能な地域づくりに貢献できる」というのが阿部社長の人材育成に対する考え方です。また「人材育成(人づくり)」は、同社の方針・戦略フレームワークにおいて、お客さまづくり・サービスづくり・組織づくりと並んで位置づけられており、経営方針や各部門の方針、各課の戦略に基づいて、お客さまに付加価値の高いサービスを提供できる人材の育成を目指しています。
教育訓練は、体系化されており、個人の育成計画や目標は、方針や戦略から洗い出された役職・業務内容に必要なスキルをベースに細かく設定されています。職場内研修(OJT)、集合研修(OFFJT)、社外研修、自己啓発などを組み合わせて実施しますが、一人に必ずOJTの教育担当者が設定され、教育訓練の実施結果の判定も行う仕組みになっています。教育担当者自身が目標の立て方や教え方に責任を持つことが求められています。
その中で営業担当者の育成事例として、日報活用の改善について紹介します。同社では、以前は1日何をしたかという行動管理型の日報を運用していましたが、これを「個別情報収集型報告書」に変え、顧客情報、案件情報、競合情報、顧客要望、課題、クレーム、今後の対応、仕掛け、納品後の状況などを記載する形に変更しました。これにより、営業担当者の顧客へのヒアリングスキルが格段にレベルアップし、また営業の効果・効率も大きく高まったといいます。
阿部社長は、“人は誰でも育つ”という考えのもと、段階的に時間をかけて人材を育成することをとても大切にしています。資格取得への補助や、仕事以外の社会問題や国際情勢、芸術といったリベラルアーツ(一般教養)について学ぶ機会への参加も積極的に支援。国際交流協会と連携した海外からのインターンシップの受け入れなど、人材が成長するためのさまざまな機会を積極的に提供しています。
事業領域の変化に合わせた組織づくり
2010年に田宮印刷株式会社の子会社として設立された旧フロットは、マーケティング、プランニング、デザイン、デジタルコンテンツなどに力を入れ、クリエイティブな会社を目指していました。こうした背景もあり、当時は田宮印刷と旧フロットは離れていって、全く違う会社になると思われていました。しかし時間とともに、田宮印刷の営業力・製造力と旧フロットのプランニング力やマーケティング力、デザイン力の相乗効果が発揮される事例が増えていき、その関係は逆に親密さを増していきました。そこで、経営の効率化と社員の待遇面の均一化を図るという目的もあり、2024年、旧フロットを田宮印刷が吸収合併し、商号をフロットに変更しました。
商号変更について、阿部社長は、十数年前から印刷という看板に違和感を持ってはいたものの、100年を越える歴史や地元でのネームバリュー、愛社心などもあり、なかなか踏み切れずにいました。しかし、コロナ禍を経験し、「誰もが『ピンチはチャンス』と言っていたが、田宮印刷では仕事が減るだけで何のチャンスもない。また、『社会は変わった』と言われていたが、田宮印刷ではみんなこれまでと同じ仕事をしていて何も変わっていない。しかし、子会社のフロットでは、人に会えないことでデジタルコンテンツの受注が爆発的に増えているのを肌で感じていたので『これがチャンスだ』と理解し、決断しました」と語りました。
新会社に向けて意識を変える
吸収合併・社名変更に当たり同社では、田宮印刷・旧フロットの全社員が相互に理解し合い、尊重し、一丸となって団結して新たな未来を創っていくために「アシタミル。」という旗を立てました。この旗のもと、新生フロットがスタートするために、引っ越しやインナーおよびアウターブランディングなど、9つのプロジェクトからなる「アシタミルプロジェクト」に取り組みました。
阿部社長は、このプロジェクトを人材育成や意識改革の場と捉え、社員が内発的に変化していくことを促しました。そのため、経営者である阿部社長はプロジェクトには一切入らず、皆が自然に巻き込まれていくような流れを作りました。阿部社長は、意識改革とは、一人ひとりが固定観念と行動様式を新しいものにシフトすること、より広く考え、新しい方法を思考することと考えていますが、「人を変えたい」という気持ちで行う意識改革は成功しないと、何十回もの失敗経験から学んでいました。意識改革は、あくまでも社員の内発的な動機から変わっていくことが重要で、そうしたことを、プロジェクトを通じて意識的・計画的に仕向けていくことが大切であると考えています。
プロジェクトの一つ、「インナーブランディング」では、全社員を巻き込んで、社名であるフロット(FLOT)にどんな意味合いを持たせるかを検討しました。全社員から公募したところ、31もの案が出され、プロジェクトチームで8案まで絞り込んだ後、全社員の個人投票により以下のものに決まりました。
また、「アウターブランディング」のプロジェクトでは、「デザインの力で山形の中小企業を元気にしたい」という思いで小さなセミナー「スタジオたね」を開催したり、たくさんの社員が登場する「みんなの“F”」というブランドムービーも自社で企画・制作しました。これらの取り組みは、同社のウェブマガジン「TAGAYASU」を通じて発信しています。
時代の変化に合わせて事業領域・組織を変化させる
阿部社長は、「社会が抱えるさまざまな問題の中で、最も深刻なのが人口減少だ」と考えています。それに伴って市場は縮小し、売上が減少することも見込まれています。2024年度、フロットではこうした市場環境を踏まえて、以下の「戦略的縮小という成長モデル」を採用し、中期的な経営方針を策定しました。
1. 市場の要求に応えてコンパクト化する事業と強化する事業を分ける。
2. 製品やサービスの付加価値を高める。
3. 付加価値を側面から支えるブランド力を上げる。
そして、「不透明で厳しい市場環境を乗り越えるポイントは、設備力ではなく人の力」であり、「皆でアイデアを出し合いチャレンジすることが、将来を切り拓くことにつながる」と考えています。そのため、セクション別に下記の方針で全社的に人材育成に注力していくといいます。
●マーケティング・クリエイティブセクション
経営資源を積極的に投入して強化。新しいサービスにもチャレンジし、潜在市場の拡大を推進していく。例えば、マンガによるブランディング・セールスプロモーションの可能性を探ること。お客さま側からも、「まだ実績のない新規事業などについても、マンガなら魅力を伝えやすい」という声がある。また山形にはマンガが描けるコンペティタがいないということもポイントになっている。
●プロダクトセクション
コンパクト化を進めているため、今後、数年にわたって定年退職者が続くが、そこを補填するための経営資源の積極投入は控え、外部のコンサルタントの力なども借りながら社員の多能工化を推進しており、「ベストクラフトマン(最高の職人)、ミニマルチーム(最小限のチーム)」を目指している。
また事業の付加価値を上げるため、デジタル&マーケティングをキーワードに、社員がマーケティング力、プランニング力、クリエイティブ力を磨き、ヒアリング力を高めるための支援をしています。これによりお客さまの思いに寄り添いながら、課題を発見し、解決策を提案し成果を出すことを目指しています。さらに積極的な情報発信やインナーとアウターのブランディングプロジェクトを構築・推進することで、社名の認知度向上を進めています。そして、地元の印刷業界、広告代理店業界、コンサルティング業界において、圧倒的に優位なブランドを構築することを目指していきます。
阿部社長は最後にこれからのフロットについて、次のように語りました。
「常に変化する時代や市場、お客さまの課題・要求に合わせて、社員がプライドを持ってブランドの維持向上を目指し、職場を横断してワイワイガヤガヤとコミュニケーションしながらコトやモノを作る。それも、ライトに、カジュアルに、自由に、新しい価値観を受け入れながら、ユーモアあふれる仕事をする。社員が「ウチって何か面白いよね」と言い出して、それがお客さまにも伝わって「フロットって何か面白いよね」と言ってくださる。新生フロットは、お客さま・地域のお役に立てるそんなイメージの会社になることを目指しています」。