「業態の枠を超えて新規事業開発に挑戦し続ける、東洋株式会社の成長戦略」
東洋株式会社 代表取締役社長 角 高紀 氏
第2回:顧客との強い関係を構築する営業戦略

記事をシェアする

経営セミナーvol2_2コラムバナー画像

先の読めない世界情勢や、厳しいエネルギー事情等を背景とした諸資材の価格高騰など、印刷業界を取り巻く環境は急速に大きく変化しています。印刷業経営者として、この急激な変化の時代をどのようにして乗り越え、いかにして経営戦略を修正し、自社を成長軌道に乗せれば良いのか。そのヒントとなる情報をお伝えするべく、当社主催で開催している経営セミナーにご登壇いただいた講師の経営者の方に、直近の取り組みを含む、その後の成長戦略について語っていただく企画「経営セミナー講師に聞く『我が社の成長戦略ストーリー』」の第2弾です。
 お二人目は、常に市場環境や競合状況の変化に対応し、業態の枠を超えて、次々と新規事業を立ち上げることで成長を続ける東洋株式会社(本社:北海道帯広市西10条南9丁目7番地)の代表取締役社長・角高紀氏です。全5回の連載を通じて、変化に立ち向かい、乗り越え続けることができる戦う企業風土のつくり方や新規事業立上げのポイント、今後の戦略などについてお伺いします。
 第2回目となる今回は、主要顧客(大手流通小売業)とパートナーとしての強い関係を構築し、顧客の事情を深く理解した企画・提案を行う営業体制を確立・深化させた経緯や、そうした経験を通じて得た知見を次世代に引き継ぐための取り組みなどについて、角社長と専務取締役・井上雅之氏の2名にお話をお伺いします。聞き手は、富士フイルムグラフィックソリューションズ株式会社で経営セミナー事業の企画・運営を行なっている営業本部 中林鉄治です。

角社長
角社長
井上専務
井上専務

■お客様のこと・お客様の業界のことを知ることで、お客様と「仲間」の関係に

中林 前回(第1回)は、東洋様の現状や戦う企業風土が醸成された経緯などについてお伺いしました。その中で、競合大手2社に大きなお客様を次々に奪われたけれども、井上専務が先頭に立って大手流通小売業(スーパーマーケット)のお客様を奪還したというお話がありました。その経緯を詳しく教えていただけますでしょうか。

井上専務 担当になった当初は、仕事を奪われた競合の社名も知りませんでした。ただ、サービスのレベルが大きく違っていたことは理解できました。「今までなんだったのよ」など、お客様から厳しいお言葉をいただきましたから。担当がそれまでの役職者から平社員の私に変わったことで、「東洋さんは諦めたんだ」とも言われましたし。

中林 経営セミナーでは、お客様と「仲間」と呼べるくらいの近しく強い関係性を構築したことが、奪還成功の鍵のひとつだったとお話しされていました。そんな厳しい状況から信頼関係を再構築するのは簡単ではなかったと思いますが、どのようなことをされたのですか?

井上専務 まず、お客様を知る努力をしました。信頼関係を構築するためには、お客様以上にお客様のことや業界のことを知らないといけませんから。落ちるところまで落ちていたので、そこから始めるしかありませんでしたし。
 例えば、お客様の売り場に通いました。スーパーの担当は初めてだったので、「和日配」「洋日配」「グロッサリー」といった専門用語が全然分からない。日本語さえ分かれば担当できると思っていたのに、その日本語すら分かりませんでした(笑)。料理もほとんど作ったことがなかったので、ハンバーグなどのメニューに必要な材料も分かりませんでした。
 また、流通関係の業界誌を読んで業界のトレンドや課題を理解したり、お客様の販促部隊に張り付いて仕事の内容を理解したりしました。お客様の幹部とお会いすることもあったので、経済や経営の本も読みました。そうしているうちに「こんな情報ご存知ですか?」みたいなコミュニケーションが取れるようになりました。信頼関係をさらに深めるために、お客様の店番号のような社内用語も必死で覚えました。自分でテストにして、丸暗記したりして。とにかく、お客様と共通言語で会話できる「仲間」になるために頑張っていました。仲間と認めていただくためには、お客様の社員以上のレベルで話せる、お客様にアドバイスできるくらいの知識が必要ですから。

中林 「仲間」になるまでにどのくらいかかりましたか?

井上専務 1年くらいだったと思います。その頃同行した当社の営業から、「1年前はお客様からすごく怒られてかなりへこんでいたのに、今回はすっかり寛いでお客様と話してましたね」と言われましたから(笑)。

井上専務

■競合との差を知り、それを埋めることで大切なお客様を奪還

中林 前回、「競合との差を知る」ことについてもお話しされていました。井上専務は、どのようにして競合との差を把握されたのでしょうか。

井上専務 お客様と仲間としてコミュニケーションできるようになったことで、競合大手の企画・提案内容や費用感などについてのヒントをいただけるようになりました。そこで、競合との差が非常に大きいことを知りました。例えば、企画・提案のレベルが全然違いましたし、見積もり金額にも開きがあるようでした。また、競合はDTPで制作していて、デザインも良くてカンプや校正の出し方も違う。ストックされたチラシ用の写真も、競合の方が充実していて洗練もされている。正直、「これは勝負にならない」と思いました。

中林 そんな大きな差を埋めるために、どんなことに取り組まれたのですか?

井上専務 価格差を埋めるためには、安いといわれている印刷会社さんから情報得て、仕入から見直しました。制作は、Macを使っていた社外のデザイナーさんに協力していただいたり。その頃、会社ではまだMacを導入してもらえませんでしたので。チラシ用の写真も自分で撮影しました。最初は売り場に何があるか分からないから撮影するものを探すだけで半日掛かかってましたね(笑)。企画書・提案書のレベルアップは、「こういうエッセンスを入れて欲しい」「こういう本を読むこと」など、私が企画の担当者を指導するところから始めました。また、Adobe Illustratorを使ってデザインしたり製本をしっかりしたりして、企画書の見栄えも良くしました。
 お客様の社員様に、当社の味方になっていただけるような動きも心がけました。例えば、販促担当の方の社内的な評価が高まるように、ブレインとして報告書の作成やプレゼンテーションの準備を手伝ったり、受付の方にも丁寧に対応して、当社に好感を持っていただけるようにしました。こうした細かい一つ一つの取り組みを続けた結果、競合大手2社からこのお客様を奪い返すことに成功しました。しっかり作戦を練れば、競合が大手であっても戦って勝つことができる。いきなり地の底まで落とされて、そこから立ち上がって、積み上げていって結果を出したこの経験は、本当に大きな自信になりました。
 会社としても、この経験は大きかったと思います。十勝の外から来た競合大手による戦いに巻き込まれて、それに勝つために、次から次へと新しいサービスを開発・提供しなければならかった。これがサービスの多角化に繋がり、ワンストップで提供できることが強みとなって、どんどん新規顧客も獲得できるようになりましたから。


■さらに深く入り込み、顧客との関係を磐石なものに

中林 お客様を奪還した後、東洋様はさらに信頼関係を深めて磐石なものにされました。どのようなことをされたのですか?

井上専務 お客様をさらに囲い込むため、お客様の販促会議を当社の会議室で開催するという企画をし、実現できるようになりました。販促会議には「お客様のお客様」である食品商社様なども参加され、その(小売企業を支援する)リテール部門という「食品のプロ」の提案もお聞きしました。また競合大手の担当者にも販促会議に参加していただきました。その際、「優秀な社員を出すこと」と条件を付けたので、その優秀な担当者の良い提案もたくさん聞くことができ、本当に参考になりました。販促会議の議事録も当社で作成したので、食品のプロや競合の知見を社内で共有することもでき、お客様とさらに深くつながることができるようになりました。

中林 競合大手の担当者ともお付き合いがあったのですね。

井上専務 お客様のお取引先様向け懇親会なども当社がセッティングしていましたので、そこに競合大手の担当者もお呼びしていました。こうしたことから、私がお客様の内部深くに入り込んでいることが競合の担当者にも分かるので、私の言うことを聞いてくれるようになりました(笑)。

中林 お客様先に御社の社員を出向させているというお話もお聞きしました。そもそも、どんな経緯で始まったのですか?

井上専務 お客様の社長が交代された際に当時の社長と一緒に表敬訪問したのですが、そこで取り組みや関係をご説明したところ、「東洋さんにもう少し入ってきて欲しい」とおっしゃっていただけたのがきっかけです。先方の社長は詳しいことをご存じなかったので、お話ししたら、「そんなことまでやってるの」と驚かれまして。

角社長 ただ、出向と言ってもお客様は「机を用意した」くらいのことで、いわゆる出向と意味合いはちょっと違いますけれども。いま出向しているのは、制作もできるし資料も自分で作れる優秀な人材です。人も良くて、お客様の社員の方々にとても可愛がられていて、信頼もあります。お客様が出店するとなったら一緒に現地に視察に行ったり、幹部の皆様と参考になる店舗を一緒に見に行ったりしています。お客様から本当に頼りにしていただいています。


■仕組みを作って、蓄積した知見を次世代へ引き継ぐ

中林 コロナ禍で、お客様との関係に何か変化はありましたか。

井上専務 前回もお話ししましたが、コロナ禍で売上が約20%減少しました。その背景には、例えば、お客様がチラシからWebマーケティングに軸足を移されたことがあります。それでチラシの需要が減り、またお客様によるWebマーケティングの内製化も進みました。

角社長 コロナ禍前には、引き出しを増やす・やれることを増やすことで、お客様に付加価値の高いサービスを提供してご満足いただいていました。イベントから入って印刷物のお仕事をいただいたり、システムから入ってホームページを受注したりなど、いろんな切り口から入れるしそこからお仕事を広げることもできていました。しかし、コロナ禍で売上が大きく減りました。私はこの原因を、自分達で自分達の「光るモノ」を作り上げられていなかったことだと考えています。「光るモノ」とは、自社で生みだし、お客さまに広げ、育てていけるもの、そこで得た知見を活かしてさらに広げていけるようなものだと思います。例えば、北海道物産お取り寄せ通販サイト「食べレア北海道」のような自社メディアはこれにあたると考えています。

中林 東洋様の「光るモノ」を作り上げていく上で、第2、第3の井上専務は必要だと思いますか?また、どのように育成すれば良いとお考えでしょうか。

角社長 第2、第3の井上は出てくるとは思いますが、それは井上のコピーではあり得ません。それぞれの社員は得意なことや経験も違い、個性があります。会社としては、それを生かして育成していくことが大切だと考えています。またエース社員に頼るのではなく、組織として仕組みをしっかり作ることが重要です。今は、非常に変化が激しくてスピード感を持つことが不可欠な時代で、以前とは全く違います。普通に真面目に泥臭くやっていれば成功できる、という訳ではありません。ものすごい変化の中で、体を動かすより頭をフル回転させて、いろいろな角度からものを考えられる人間でない限り、この厳しい時代に成果を出すことは難しいと思っています。そういった社員を育てるため、組織を作っていくためには思考の軸が必要です。当社ではその指針になるものを本にまとめていっています。「営業編」「企画書作成編」など、分野ごとにわかりやすく、当社の暗黙知を分野別に形式知化したものです。思考の軸というのは、例えば、ゴルフでいう基本動作みたいなものです。自分なりに咀嚼して、自分に合うように使うことができる基本。その本は、基本を身につける義務教育の教科書みたいなものになると思います。

中林 ありがとうございました。第2回のお話はここで終了とさせていただきます。次回は、ITに強い企業へと転身された経緯やそれを成功されたポイントなどについて、詳しくお聞きしたいと思います。競合大手の十勝進出戦略を予見して自社ポータルサイト「TONxTON」を立上げたことなど、ITやEC等のインターネット活用に積極的に取り組む企業風土の醸成なども含めて、お話を伺えればと思っております。次回もよろしくお願いいたします。

記事をシェアする

お客様の事例一覧へ戻る