業態変革を成功に導くカギは「デザイン」だった
〜 印刷会社の挑戦と変革ストーリー

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FFGS業態変革ウェビナーレポート_コラムMV

講師:株式会社フロット 常務取締役 ブランドコントロールアドバイザー/クリエイティブディレクター 五十嵐 久仁子氏


富士フイルムグラフィックソリューションズ株式会社(以下、FFGS)は、6月5日、「業態変革を成功に導くカギは『デザイン』だった 〜 印刷会社の挑戦と変革ストーリー」をテーマに、「FFGS業態変革ウェビナー」を開催しました。
業態変革には新規事業の開拓やDXを活用したビジネスモデル構築などが挙げられますが、「デザイン経営」を通じて会社の概念・方針の方向性を大きく変えていくのも業態変革だと言えるのではないでしょうか。
「デザイン経営」とは、デザインの力をブランドの構築やイノベーションの創出に活用する、経済産業省 特許庁が推進する経営手法のこと。海外ではアップルやダイソン、日本でも良品計画やマツダ、メルカリなど、さまざまな企業が実践しています。

このウェビナーでは、株式会社フロット(山形県・山形市)常務取締役 ブランドコントロールアドバイザー/クリエイティブディレクター 五十嵐 久仁子氏を講師に迎え、組織内に起こったさまざまな問題や顧客の経営課題に対して、「デザインの力」を活用して解決につなげていった取り組みを、事例を交えてお話しいただきました。本記事では、株式会社フロットのご紹介とともに、セミナーの内容をレポートします。

五十嵐 久仁子氏

株式会社フロットについて

「クリエイティビティ✕企画力+ロジック」でデザイン部門を立て直し

社屋外観

株式会社フロットは、1907年(明治40年)創業の老舗商業印刷会社で、2024年に「田宮印刷」から「フロット」に商号変更しました。山形県山形市に本社、宮城県仙台市に支店を持ち、従業員数は86名(山形本社76名、仙台支店10名、2025年1月時点)。中小企業向けトータルブランディング(ブランドコントロールアドバイザー、以下BCA)想いと人をつなぐセールスプロモーション(セールスプロモーションアドバイザー、以下SPA)教育機関の広報支援(エデュケーションマーケットチーム、以下EMT)プランニングノウハウ・コンサルティング(以下PKC)という4つのソリューションをお客さまへ提供しています。

ウェビナーの講師を務めた五十嵐常務は宮城県仙台市の出身。幼少の頃から好きだった絵や美術に関わる仕事を志し、仙台のデザイン会社で経験を積んだ後、旧田宮印刷にデザイナーとして入社。当初は契約社員でしたが、キャリアを積み正社員となり、さらに実力が認められ管理職へとキャリアを重ねていきました。
五十嵐常務が仙台支店に勤務していた2000年代は、デジタル化の加速・インターネットの普及により、印刷を取り巻く環境が大きく変化した時代です。旧田宮印刷が新工場を立ち上げる中、デジタル媒体に移行して商業印刷物が減少し、さらにリーマンショックのあおりも受けて顧客企業の販促費が大幅に減少するなど、厳しい時代を迎えていました。先の見えにくい状況に多くの退職者も出てしまい、抜本的な改革が急務となりました。
そんな中、現在の代表取締役 阿部 和人氏が、支店長として当時の仙台支社に赴任し、五十嵐常務は当時のデザイン部門マネージャーに就任。収益性や生産性の管理のできていなかったデザイン部門の改革を任される立場になりました。当時は広告代理店からの下請け業務が多く、「入ってくる仕事」をどんどん受けていたため、利益が上がりにくく、各案件に時間もかかっていました。残業も多くなってしまい、組織としても個人としても目標などの管理ができていませんでした。そこで五十嵐常務は、会社がISO取得したことを機に、全社的に標榜した「目標管理経営」にのっとったマネジメントを実施しました。その一方で、自身も「下請けデザイナー意識」からの脱却を目指して猛勉強をスタート。宣伝会議(東京・港区)が主催する教育講座に1年間に25回新幹線で通い、そこで得た知識をまとめ直してスタッフに積極的にアウトプットすることで、組織全体のベースアップを図っていきました。「クリエイティブ×企画力」という考えが社内に浸透し、お客さまの課題を解決できるデザインのロジックを組み立てることができるようになると、お客さまに納得いただける提案ができるようになり、下請けではない仕事が徐々に増えてきました。
こうして仙台支店で成果が出始めたところで五十嵐常務は山形本社に異動し、山形と仙台のデザイン部門を統合。その後、2010年に約30人の従業員を擁する株式会社フロット(FLOT)という子会社が設立されました(以下、旧フロット)。「FLOT」とは“Frontal Lobe of Tamiya=田宮印刷の前頭葉”という意味で、「田宮印刷の計画や想像力(創造力)といったものをつかさどる部署(会社)になる」という思いが込められていました。


「FFGS業態変革ウェビナー」レポート

インナーブランディングで会社をひとつに

ここからは、フロットの「デザイン経営」を通じた業態変革について、五十嵐常務によるお話をご紹介します。

「デザイン経営」がわかりにくい理由のひとつに、デザインの定義が明確でないことがあると思います。デザインとアートの違いを考えると、アートは創作者の自己表現が目的で、見た人に感情や考えを呼び起こす問いです。一方デザインは、特定の目的や目標を達成するために計画・作成するものであり、問題や課題に対する解決手段、答えを出すものです。
ただ、特に印刷業界においては印刷物という成果物が存在するため、デザインは印刷物を作るプロセスの単なる一部として考えられがちで、これはとても残念なことです。デザイナーは、クライアントの目的や課題などを深掘りしてロジックを組み立てることで、企画力が高められ視座が高くなり、狭義のデザインから課題解決手段としての広義のデザイン、つまり経営をデザインする、戦略をデザインするといったフィールドに活躍の場をスライドできるからです。

旧フロット設立当初、30人の従業員中、管理職は部長だった私だけでした。当時のデザイナーは、管理職には興味がなく自分でデザインを極めたい人や、指示待ちの傾向が強く自分で考えるのは苦手な人など、さまざま。クライアントからの指名が多いエース級のデザイナー数名に仕事が集中することも多く、業務は属人化している状態でした。そこで私は、価値観がバラバラな30人が組織として力を発揮できる形を作っていくため、①管理職育成 ②委員会活動 ③インナーブランディング ④動画プロジェクト という4つの取り組みを行っていきました。
特にインナーブランディングの取り組みでは、次世代を担う若手7名のプロジェクトチームを発足し、旧フロットが持つ強みを全て洗い出しました。それを分類して誰にも真似できない、付加価値の高い分野を絞り出し、「フロットの事業戦略」を策定するというアウトプットを創り上げました。これには2年の歳月がかかりましたが、トップダウンではなく、プロジェクトチームの活動によって創り上げることを価値と考えて見守りました。これを経営側で吸い上げ、前述の4つのソリューションの形に落とし込みました。

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各ソリューションとも、マーケティング・営業セクションと、クリエイティブ制作セクションそれぞれからメンバーを選抜し、部門を横断したチームを構築し、立ち上げまでを実現しました。それにより、普段は営業部門から仕事を渡される立場のデザイン部門メンバーが、主体性を持って参加・提案するようになるという効果が出てきました。これらの活動の結果、旧田宮印刷時代に収益性が低かったデザイン部門も、2013年に3139円だった生産時間単価が2024年には4170円にアップ。さらに、コンペ獲得率も、自分たちの強みや、それを生かせるマーケットを理解したことで、戦略的に市場を選べるようになったこともあり、52%から83%にアップしました。さらに、残業時間の平均値も約50%減少させることができました。

図版02

インナーブランディング活動は、2024年の新生フロット立ち上げの際にも実施しました。「田宮印刷」の看板を下ろして子会社だったフロットというカタカナの名前の会社になるということは、田宮印刷という印刷会社に入社し、老舗のプライドを背負って仕事をしてきた人たちにとって、本当にインパクトが大きかったと思います。それでも新しい未来をつくるために、旧フロット・旧田宮印刷の管理職17名によるチームを作り、ソリューションチームBCA(+BRANDING)で開発したオリジナルのブランディングツールを使って「まじわり、かかわり、むきあい、挑戦する人・地域のオモイとコタエをはぐくむ。ともに歩み、ミライへ。」というブランドコンセプトを策定しました。

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このブランドコンセプト策定を受けて、フロット(FLOT)という社名にも新たな意味を与えることに。「FLOT」という社名の新しい意味を社内公募したところ、30件ほどのアイデアが集まりました。17名の管理職をリーダーとした17のチームに全従業員を振り分けてチームごとに各アイデアを検討し、1つの候補を選んで、その選んだ理由を動画でプレゼンするという一大プロジェクト実施しました。そして選ばれたのが「FULL」や「FUNNY」など「ポジティブな『F』がたくさん集まっている」という意味の「F+LOT」。社内公募の開始から決定まで2カ月半ほどかかりましたが、この期間は全社員が新生フロットについて考えて話し合い、新しいフロットを受け入れて自分ごとにするためには必要不可欠なものでした。
この時、インナーブランディングの一環としてたくさんのプロジェクトを立ち上げました。その1つに、「アシタミルディスカッション」があります。これは、中小企業の経営者や管理職を会社に招いて講演をしていただき、それを基に少人数のグループに分かれてディスカッションをするというものです。この取り組みを通じて、自然とグループディスカッションにも慣れていきました。

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「アシタミルディスカッション」

その他に、社内コミュニケーション強化のための取り組みである「アシタミルミニイベント」では、キッチンカーを呼んだり、ヨガ講師を工場に招いたりといった取り組みを実施。また地域の企業が抱える課題の解決策をクリエイティブな視点から学び、考えるプロジェクト「Studio TANE:スタジオたね」、日常のさまざまな出来事を動画などで発信する「Webマガジン TAGAYASU」といったプロジェクトも継続させています。

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「アシタミルミニイベント」
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「Studio TANE:スタジオたね」
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「Webマガジン TAGAYASU」

ブランディングで顧客の経営課題も解決

デザインの目的をお客さまの課題解決だとするのであれば、これまで自分たちがやってきた“ものづくり”とは少しベクトルを変えて考えなければいけません。新生フロットの場合は、たくさんの中小企業経営者と一緒に、さまざまな業種の方が集まる交流会で勉強をする中で、デザインで解決できると思える、リアルな課題が見えてきました。
それらの課題を解決するため、以下の2つのソリューションを展開しています。

〇社内でビジョンの共有と浸透を行う「インナーブランディング」・ビジョンや経営理念に即して会社の強みを顕在化してビジュアルに展開する「アウターブランディング」(+BRANDING:ソリューションチームBCA)、
〇売る・集めるといった成果目標達成を支援する「セールスプロモーション」(想いと人をつなぐセールスプロモーション:ソリューションチームSPA

「アウターブランディング」「セールスプロモーション」について具体的な事例をご紹介します。「菓子工房COCOイズミヤ」様(山形県東置賜郡高畠町)は創業1923年、100年を超える歴史を持つ洋菓子店で、焼き菓子で安定的に用意しておけるヒット商品を作りたいという思いがありました。そこで、地元のデラウェアのレーズンを使った洋菓子の開発を一緒に行ったのですが、このお菓子はコストがかかるので、価格設定を高めにする必要がありました。価格設定をお客さまに受け入れていただくため、ブランディングの力を活用することを考えました。このお菓子にストーリーを加え、「こりすのふゆじたく」というブランドにしてデザインに落とし込んだことで、以前は180円だった販売価格を300円以上に再設定した上で売れ行きも順調に伸びています。あらかじめ用意しておける焼き菓子でヒットを出せたことで、お客さまの安定経営に役立つことができました。さらに、従業員を巻き込んだブランディングプロジェクトで作ったコンセプトは、新しくオープンした店舗「coco de cachette IZUMIYA」に引き継がれています。

もともとフロットの主な業務は、チラシやパンフレットなどの制作によるセールスプロモーションでした。従来はそういった仕事の依頼をただ待っていて、受注後は短い時間で制作するというケースが多かったのですが、経営の根幹とも言えるブランディングに関わるご相談をいただけるようになったことで、今まで以上に無駄なくブレなく、お客さまの課題解決ができるようになる、ということを実感しています。


デザイナーと一緒に経営課題解決を

フロットは、意識して「デザイン経営」に取り組んできたわけではありません。経営環境の変化に合わせて、生き残るために新しい価値創造や社風の改善など、悩みながらいろいろとチャレンジしてきただけでしたが、これが結果としてデザイン経営に近いものになったのだと考えています。

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特許庁が作成した『中小企業のデザイン経営ハンドブック2 未来をひらく「デザイン経営×知財」』に、デザイン経営の3つの視点を活用して自社の現状を捉える「デザイン経営における3つのデザイン」という図があります。この図に私たちの活動を当てはめると、「文化醸成」はインナーブランディングや各プロジェクトになります。「価値創造」には、BCAやSPAといった自社の強みを活かした4つのソリューションを開発したところが当てはまります。「人格形成」については、従業員と仕事の関わり方が変わったことで、意見交換などコミュニケーションが非常に活発化したことが該当します。また、特許庁が示している「『デザイン経営』のための具体的取り組み」にも則しています。例えば、現在フロットにいる5名の取締役のうち2名はデザイン部門出身であり、デザイン責任者は経営チームにも参画しています。これにより、役員会で示される経営トップの「思い」をその場でキャッチして、デザイン部門の視点から、素早くブレずに社内展開できます。新生フロットへの経営統合時のインナーブランディングなどの提案も、役員会にデザイン部門の視点が入っていなかったらもっと時間がかかったかもしれません。
経営方針の重点施策である4つのソリューションの計画や実行にも、プロジェクト立ち上げ時からデザイナーが参画しています。また、アジャイル型開発プロセスという点では、小規模の旧フロットで試して成功したプロジェクトなどは、会社統合後の新生フロットでも取り組んでいます。これらのソリューションやプロジェクトでは、管理職以外スタッフのリーダーシップや管理職のフォロワーシップなどを高め、チーム力や主体性を向上させて、課題に向き合える人材育成も大切にしています。

皆さまの会社にも能力の高いデザイナーがいらっしゃると思います。ぜひ、自社の経営課題を一緒に考えるポジションに引き上げてほしいと思います。私たちもまだまだ混乱が続いている状況ですが、引き続きチャレンジしていきたいと思っています。


■お客さまプロフィール
株式会社フロット
本社・工場  山形県山形市立谷川2-1347
仙台 宮城県仙台市宮城野区小田原1-7-6-105
URL:https://flot.co.jp/

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