「業態の枠を超えて新規事業開発に挑戦し続ける、東洋株式会社の成長戦略」
東洋株式会社 代表取締役社長 角 高紀 氏
第3回:インターネットを活用したサービスに積極的に取り組む企業風土の醸成

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経営セミナー講師に聞く「我が社の成長戦略ストーリー」 Vol.2

 先の読めない世界情勢や、厳しいエネルギー事情等を背景とした諸資材の価格高騰など、印刷業界を取り巻く環境は急速に大きく変化しています。印刷業経営者として、この急激な変化の時代をどのようにして乗り越え、いかにして経営戦略の修正をして、自社を成長軌道に乗せれば良いのか。そのヒントとなる情報をお伝えするべく、当社主催で開催している経営セミナーにご登壇いただいた講師の経営者の方に、直近の取り組みを含む、その後の成長戦略について語っていただく企画「経営セミナー講師に聞く『我が社の成長戦略ストーリー』」の第2弾です。
 お二人目は、常に市場環境や競合状況の変化に対応し、業態の枠を超えて、次々と新規事業を立ち上げることで成長を続ける東洋株式会社(本社:北海道帯広市西10条南9丁目7番地)の代表取締役社長・角高紀氏です。全5回の連載を通じて、変化に立ち向かい、乗り越え続けることができる戦う企業風土のつくり方や新規事業立上げのポイント、今後の戦略などについてお伺いします。
 前回は、主要顧客(大手流通小売業)とパートナーとしての強い関係を構築し、顧客の事情を深く理解した企画・提案を行う営業体制を確立・深化させた経緯や、そうした経験を通じて得た知見を次世代に引き継ぐための仕組みづくりなどについて、お話しいただきました。

 第3回目となる今回は、競合大手による電子チラシサービスの全国展開を予見した上で地域限定型コミュニティサイト「TONxTON(トントン)」を立上げるなど、インターネットを活用したサービスに積極的に取り組む企業風土の醸成していった経緯について、角社長、専務取締役・井上雅之氏、印刷事業部執行役員・加藤雅章氏の3名にお伺いします。聞き手は、富士フイルムグラフィックソリューションズ株式会社で経営セミナー事業の企画・運営を行なっている営業本部 中林鉄治です。

角社長
井上専務
加藤執行役員

■競合大手の電子チラシサービスに対抗するため、『TONxTON』を立ち上げ

TONxTON

中林 「IT、EC等のインターネット活用に積極的に取り組む企業風土」は、御社の大きな特徴のひとつです。インターネットを活用したサービスとして最初に取り組まれたのは『TONxTON』だったと記憶していますが、立ち上げの経緯について教えていただけますでしょうか。

角社長 『TONxTON』は、「十勝・帯広」「釧路・根室」「旭川・上川」「札幌」の4地域の情報のほか、“プッシュ!”や“クチコミ”でお気に入りのお店やスポットを応援することができる、「みんなでまちを元気にする」地域限定型コミュニティサイトです。社内プロジェクトが立ち上がったのは2007年でしたが、それ以前は、2004年に創刊した「帯広の病院」というフリーペーパーなど、紙媒体を中心に事業を検討・展開していました。「帯広の病院」は当社としては節目になる新規事業で、翌年(2005年)にはリフォームの情報誌、2006年には生活情報誌「帯広ナビ」というフリーペーパーを発行しました。私としては、このビジネスモデルは単発で終わらせるのでなくて「継続して風土に根付くようにしていきたい」という意識がありました。

TONxTON02

井上専務 2007年に「帯広の病院 第2版」をつくり、その次の企画を検討していた中で、インターネットで情報発信するという企画がスタートしました。インターネットに切り替えようと。これは、角社長(当時は常務取締役)と私二人の合致した考えでした。
 でも、企画内容についての意見は、社内で大きく分かれました。私が主張したのは「電子チラシを配信・閲覧できるウェブサイト」。競合大手が提供していた電子チラシサービスの情報をちょうどキャッチしたので、感覚的にこれは脅威だと感じて、とにかく始めようと。ただ、反対意見も多かった。インターネットはいろんな情報を全国に発信するためのものなのに、なんで狭い地域の情報に限定して掘り下げるのかと。当時は地元の情報を地元に発信するなんていう発想はなかったんです。インターネットを使うなら、県外や全国に向けて観光情報などを発信するサイトにした方が良いという意見が多数派でした。

中林 印刷物のチラシデータをWebサイトでも閲覧できるようにしたサービスは全国一斉に始まったのですか?こうした競合大手の電子チラシサービスは、その頃、すでに北海道に進出していたのでしょうか。

井上専務 まだ、競合大手が北海道に進出する前だったと思います。しかし、その頃、道内では、釧路のあるデザイン会社がチラシを閲覧できる簡単なサイトを立ち上げるという動きがあったり、一方で、まさにその競合大手から当社に協力してくれないか?という話があったりしました。このままでは出遅れてしまうという危機感が高まってきて「これは自社でスタートしなければ」と考えるようになりました。こうした状況の中で、この事業の必要性を強く訴えていた私の社内で味方になってくれたのは、当時常務だった角社長でした。役員会で私の企画について意見を求められたとき、迷わず「私は賛成です」と答えてくれたんです。

角社長 実は、私も井上専務と同じ危機感を持っていましたので、チラシサイトだけでも早く進めたいと考えていました。最終的には、観光情報やクーポン配布の機能なども加えることになりましたが、当時はスマホが出現しておらず、まだガラケーの時代ですから、チラシを見るとしたらパソコンで、ガラケーでチラシを見るのは難しいのではと思っていました。だから逆にまだ時間稼ぎはできる、その間に開発しようと考え、開発をスタートしました。

中林 『TONxTON』は社内で開発したのですか?

角社長2

角社長 社内にはIT系のマネージャ候補として採用したスタッフがおりましたので、彼を担当に任命して、ウェブサイトのコンセプトやサイトマップを検討してもらい、ウェブサイトの構築自体は外部のソフトウェア会社に依頼しました。当社は社内用のインフラ構築も進めていましたので、IT人材は常に募集をしていました。
 この様な経緯を経て、『TONxTON』は、2008年にサービスを開始しました。この段階で、電子チラシを見ることができるようになっていました。その後、札幌のシステム会社の社員に出向していただくような形で改善を行い、2009年にサイトのリニューアルを実施しました。


■既存顧客を守ることに加え、ドアノックツールとして新規開拓にも『TONxTON』を活用

中林 『TONxTON』をスタートして、成果はいかがでしたか?

角社長 比較的早いタイミングでスタートできたおかげで、北海道においては当社が他社に先行してサービスを提供することができましたので、多くの流通系の店舗のチラシデータを掲載することができ、お客様からも喜んでいただきました。また、競合のサービスが有料での掲載であったのに対し、TONxTONは、紙のチラシの付加価値を高めるためのサービスという位置付けで掲載料は無料にするという方針にしました。もちろん、当社の顧客以外の店舗のチラシデータの掲載もOKでしたので、そうした戦略も当たって、本業の印刷も受注し続けることができました。北海道でチラシを配布しているスーパーのチラシはほぼ全部掲載していただけたと思います。

井上専務 サイトの閲覧数も多かったと感じています。札幌の電子チラシのサービスを紹介するサイトには、競合大手2社のサービスとTONxTONが並んで紹介され、そのサイト上にリンクも貼っていただきましたので、おかげ様で知名度を上げることができました。

中林 『TONxTON』を通じて、新規顧客の新規のチラシ印刷の仕事を拡大することもできたとお伺いしています。

井上専務 はい、『TONxTON』を武器に、これまで営業できていなかった地域の流通企業様に営業をかけました。総合スーパーはもちろん、地元のスーパー、さらにドラッグストアや学習塾などにもお伺いしました。TONxTONをドアノックツールにした訳です。

中林 2013年、帯広本社にTONxTON事業室を設置されましたね。その目的はどんなものだったのでしょうか。

井上専務 『TONxTON』で電子チラシが見られるようになると、お客様からよりきめ細やかな対応が求められるようになりました。しかし、システム開発費用がかかるのに、掲載料が無料のままでしたので、『TONxTON』をどうマネタイズするかが課題で、ずっと考えていました。設立当初、TONxTON事業部には5人ほどのスタッフが所属していましたので、Webサイトで使用していた「とんたん」というキャラクターを生かして、イベントの企画運営という新しい取り組みをスタートさせました。「とんたん」の着ぐるみでイベントに参加させていただいたり、キーホルダーなどノベルティを製作・配布したり、スーパーの店舗にポスターを貼っていただいたり、地元の新聞紙で紹介されたりして、認知されていきました。

井上専務2

角社長 この当時から、当社が担当させていただいている仕事の一つに帯広三大祭りのうちの一つ「おびひろ平原まつり」の企画・運営があります。これは観光協会様からお声がけいただいたのですが、イベント事業での認知がなかったら声はかかってないと思います。印刷会社の枠組みでは受注できない仕事が受注できるようになってきました。

井上専務 お客様にチラシ・ポスター・パンフレットなどの販促用印刷物を提案する際には、イベントの企画・運営や『TONxTON』での告知といった要素を必ず加えるようにしています。こうした提案をご評価いただけて、TONxTON事業部は多くのイベントを手掛けさせていただいています。

角社長 また、その頃は、『TONxTON』にチラシを掲載していてもホームページを持っていないお客様がたくさんいらっしゃいましたので、ホームページ制作のお仕事もたくさん受注することができました。

井上専務 当時、中小規模の小売業様でホームページを持っているところは多くありませんでした。全国規模の会社様でも、例えば九州が本社だったら、北海道ブロックについてはホームページを持っていない、ということもありました。そこでまず、『TONxTON』をホームページ代わりに使っていただく提案を始めました。レシートに印刷したQRコードを読み込むと、『TONxTON』内の紹介ページにリンクしていて、その店舗のプロモーションや求人などの情報が掲載されている、というものです。そして、次の段階として、自社ホームページの立ち上げを行なうように営業活動を行ないました。『TONxTON』はこうしたところでもドアノックツールになっています。

中林 加藤執行役員は、こうした動きをどのように捉えていらっしゃいましたか。

加藤執行役員 私は当時、『TONxTON』には直接的には関わっていませんでした。社内では、マネタイズできていない時期の『TONxTON』については、意見が分かれていましたが、個人的には『TONxTON』との抱き合わせでチラシのお仕事が増えているということも理解できていましたので、サイト単独でマネタイズできなくても、会社全体で利益に貢献できれば良いと考えていました。


■コンテンツを拡充してサイト価値向上を実現:「TONxTONマーケット」、「TONxTON JOB」/「 TonJob」

中林 『TONxTON』のコンテンツも拡充されていきました。グルメは最初からあったかと思いますが、情報を掲載する際、飲食店の方から掲載料はいただけていたのでしょうか。

角社長 当初そういう目論見もあったんですが、やってみたら、これがなかなか難しい。なので、『TONxTON』のポータルとしての価値を上げることを目的に、掲載料は無料にすることに方向転換しました。やっぱりコンテンツが多様で、入り口が多い方がチラシを見ていただける確立も上がりますし、それがお客さまのメリットにつながり、イコール自分たちを守ることにもつながる。

中林 十勝の名産品の物販サービスである『TONxTONマーケット』はどのようなビジネスモデルだったのでしょうか。

角社長 販売手数料をいただくビジネスモデルでしたが、これもマネタイズすることはなかなか困難でした。しかし、インターネットで自社製品を売りたいお客様はたくさんいらっしゃったので、そのノウハウを身に付ければ必ず商売になると思い、自分たちも勉強していこうと考えました。新規事業のノウハウは、実際にやってみないと、決して身につくものではありません。なので、投資としての意味は十分にありました。

井上専務 営業の視点から言えば、『TONxTONマーケット』も新たなドアノックツールになっているんです。このウェブサイトで商品を販売してくださる地元メーカー様に、リーフレットやパンフレットの印刷物、ホームページ制作をご提案していくことができました。

角社長 『TONxTONマーケット』をベースに、地元のこだわり商品を探している小売店様と、新しい販路を探している地元メーカー様を繋げる、商品の帳合(ちょうあい)まで事業を広げることができました。例えば、ある量販店様から十勝のこだわり商品を紹介してほしいとご依頼いただいた際には、『TONxTONマーケット』でお取引のある地元十勝の生産者様を数社ご紹介しました。十勝産の豆や野菜を使ったこだわりの酢やジャム、ギフトセットなど、約20品を取り扱っていただきました。これは、言うなれば、当社が流通業としての機能を果たすということです。

中林 2016年12月には、『TONxTON』の中に『TONxTON JOB』という求人サイトを設けました。この背景を教えてください。

井上専務 流通のお客様から「人を集められない」というお悩みを相談されたことがきっかけでした。「TONxTON JOB」は求人情報をネット上で提供するサービスで、求人情報の掲載は無料、採用できたら手数料をいただくというモデルでした。北海道には既に大手求人情報誌がありましたが、その会社はまだネットで情報を提供していなかったので、隙間を狙って立ち上げました。

中林 2018年7月30日、フリーペーパーの「TonJob とかち(帯広市)版」を創刊されました。これは、どのような狙いだったのでしょうか。

井上専務 ウェブサイトの「TONxTON JOB」とフリーペーパーの「TonJob」の両方を提供することで、足元の十勝をもっと固めようと考えていました。また、フリーペーパーも制作から印刷、製本まで自社内で完結できるので、コスト面での優位性も担保できますし。

作例

中林 「TonJob」はどこで配布されていたのですか。

加藤執行役員 帯広市内の全てのコンビニとスーパー、全部で300箇所くらいに専用の棚を置かせていただいて配布していました。発行部数は7,000〜8,000部くらいでした。

井上専務 求人誌を無料で出したのは、道内では当社が初めてでした。先に発刊されていた競合誌は50円とか100円とか有料でした。ただ、私たちがフリーペーパーを出したら、競合も我々にミートしてきて無料にしましたけどね(笑)。「TONxTON JOB」や「TonJob」も、立ち上げ当初は多くのお客様にご利用いただけました。ただ、先行していた競合媒体が強力だったこともあって、これもマネタイズには苦労しました。


■インターネットを活用した「共創」「BtoCへの転換」で、コロナ後のさらなる飛躍を目指す

中林 御社の売上の大半は流通系のお仕事、特にチラシだと理解しています。コロナ禍もあってチラシはこの先減少していくことが予測される中、そこに依存し続けることは企業としてのリスクになる部分です。そうした状況において、業態転換を図っていかないといけないというのは、御社の中にあるのでしょうか。

井上専務 当社の売上の約半分がチラシのような宣伝物であり、印刷物です。コロナ禍で、メインの顧客企業の何社かがチラシを全然打たなくなりました。外食系やフィットネス系のお客様からの仕事も全て縮小しています。その中で、BtoBのビジネスを顧客志向で頑張ってきてもお客様からお仕事をいただけなかったら存続不可能だということを痛切に感じるようになりました。現在、BtoBへの依存度を下げる取り組みを進めています。

角社長 これまでは今ある仕事、例えばチラシをやってたらチラシにだけ集中する、というような近視眼的な観点で会社は継続してきました。でも、コロナ禍で、その視点は転換していかなきゃならないと気づいたんです。印刷業界というのは、情報を伝えることを生業にしています。でも、情報伝達手段は印刷物だけじゃない。ウチのポータルサイトだったり、SNSだったり、いろんなものがある。これが一番大事な視点だと思います。だから当社も、2020年に東洋印刷という社名から印刷を取りました。

井上専務 経営学者のピーター・ドラッカー氏は、企業の目的は顧客の創造で、顧客を創造し続けるために必要な企業の基本的な機能はマーケティングとイノベーションの2つだと言っています。当社も、これまで蓄積してきた、お客様の販売促進を支援する「マーケティング」のノウハウと、どんどん新規事業を立ち上げる「イノベーション」を起こすDNAを持っています。現在、自社サイトの運営での実績づくりを通じて、様々なノウハウを蓄積してきています。今後、そのノウハウを活用したサービスをお客様に提供することなども構想しています。

角社長 今までは、お客様のお役に立つことを考えてカスタマーソリューションという部署をつくったり、課題解決のための引き出しをたくさん増やしてきたりしてきました。しかし、スポットで提供して終わってしまうことが多かった。会社としては本来、横展開したいわけです。提供したサービスが良ければ、それをもっと磨いてまた別のお客様に提供する。それが一番効率の良い展開なのですが、それができていなかった。だから、これをやっていこうと考えています。

中林 コロナ禍の2021年9月、地元の新聞社様と求人情報のフリーペーパー「とかちジョブ」を共創なさいました。こちらについて伺わせてください。

井上専務 この新聞社様の読者層は比較的年齢が高めなのに対して、「TonJob」はコンビニやスーパーに置いていることもあって、比較的若い読者が多い。お互いにうまく補完し合えると考えて、提携することにしました。この共創を通じて、地元新聞社様のコスト削減にも貢献しています。例えば、当社の方がウェブサイトの構築・運用が得意なので、先方の求人サイトは閉じて、当社の「TONxTON JOB」に統合しました。

加藤執行役員 この新聞社様にも、求人広告の制作部門があったのですが、だんだん人員が確保できなくなっていました。そこで、当社でまとめて制作することにしました。
この業務移管の際に富士フイルムのXMF Remoteを活用することができました。制作業務は当社に統合しましたが、お互い営業の人員がいます。担当営業が進捗管理を行う上でもXMF Remoteを使うことでスムーズに管理・対応できています。他にも、新聞とフリーペーパーの求人広告の小組の枠サイズを共通にするといった工夫などもしながら、さらなる効率化を進めています。

中林 2021年10月、北海道の食材の「レア」な魅力を全国に発信する、生産・販売元直送の通販サイト『食べレア北海道』をオープンされました。こうしたBtoCのECサイトを印刷会社様が運営するというのはあまりない無いケースだと思います。これも、『TONxTON』というポータルを運営してきたこと、また商品帳合を大手流通様に提供してきたという実績があってのことだと思います。次回は、コロナ禍でBtoBビジネスの限界を感じ、「食べレア北海道」といったBtoC事業への参入に本格的に取り組まれている現状などについて、詳しくお聞きしたいと思います。
 第3回のお話はここで終了とさせていただきます。ありがとうございました。次回もよろしくお願いいたします。

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