シリーズで掲載している「経営セミナー講師に聞く『我が社の成長戦略ストーリー』Vol.1」は今回が最終回。第5回目も、服部プロセス株式会社の代表取締役・服部晴明氏、服部社長と共に同社の様々な改革に取り組んでこられた、制作工務部課長の羽田成樹氏のお二人に話を伺いました。今回は、MISやXMF Remoteといった「見える化と効率化」のインフラをM&Aで新しくグループに入った会社に、どのように展開・定着させているか、そしてインフラを活用した結果、どのくらい高収益体質の会社へと再生されたかについて詳しくお話しいただきます。聞き手は富士フイルムグローバルグラフィックシステムズ株式会社 営業本部 部長・中林鉄治です。
ヒアリングと仕事メーターで現状を把握するところから、企業再生はスタート
中林 今回が最終となりますが、まず「経営セミナー講師に聞く『我が社の成長戦略』」の第一号に服部プロセスさんを取り上げよう、と考えた理由をお話ししたいと思います。
現在、印刷業界では、日本全国各地で多くのM&Aが行われており、M&Aはもはや特別なことではなくなりました。まだまだ、今後も多くのM&Aが行われてゆくでしょう。しかしながら、その多くはM&Aした後に抜本的な改革が行われていると言うよりも、過剰になってしまった固定費を削減してスリム化を図ったり、ある程度のコストカットを実施して、当面の収益性を改善させると言ったケースではないかと思われます。
売上を上げられなくなった原因、そして、利益を稼げなくなった原因=生産性が低下してしまった要因を明らかにして抜本的な対策を打つところまでは至っていないように見受けられます。つまり、事業継続が厳しくなった縮小均衡状況から脱却しようとしているようには見えません。そうなると、M&Aした直後は売上が増えて利益もそれなりに確保できるものの、やがて時間が経つにつれて、またしても減収減益の状態へと戻ってしまいます。
それに対して、服部さんの行なっているM&Aは企業再生ですよね。営業権(顧客)や従業員、設備といった、その会社の経営資源を生かしながら、マネジメントやオペレーションを改革して生産性の向上を図り、売上を安定させて、さらには、高収益の企業へと生まれ変わらせてしまう。そこがすごいところだと思っています。その秘訣をとことんお聞きしたいと思って、記事掲載をお願いしたという次第です。
第3回・第4回ではMISやXMF Remoteといった「見える化と効率化」のインフラの内容について詳しくお伺いしました。第5回目となる今回は、そうしたインフラをM&Aで新しくグループに入った会社にどのように展開・定着させてきたかについてお伺いします。
驚くべきことに、M&Aでグループ入りされた企業はどこも、2ヶ月もすると服部プロセス流の仕組みを全て取り入れて高収益企業へと再生されます。そのキーパーソンとなるのは、実は羽田課長だと伺っています。改革の司令塔であり、実際に会社に入っていって仕組みの導入・運用・定着も進めていらっしゃる。その実際のところを、御社で一番大きなM&Aだったデイリー印刷の事例でご紹介いただければと思います。羽田課長は、デイリー印刷に入っていって、最初に何をされましたか?
羽田課長 まず最初に制作部門のリーダーに仕事内容などについてヒアリングしました。また、当時10名ほどの制作スタッフがいたのですが、その10名全員のスキルレベルなどを個別に確認しました。そこで分かったのが操作やスキルのレベルがバラバラだったこと。そして、隣の人が困っていても自分の作業に没頭して、他の社員の仕事には干渉しない、個人商店の集まりのような感じで仕事をしているといった職場風土でした。
デイリー印刷社屋外観
当社のMISを入れて、仕事メーターで実際の作業時間も測定しましたが、その結果、前回(第4回)ご説明した、当社の基準で判断した「目標時間」と比べてめちゃくちゃ時間がかかっているということが見える化できました。そして、操作の様子をビデオで撮影して分析したところ、手順が悪くて時間がかかっていた部分が非常によく分かりました。
中林 多くの印刷会社の制作部門は多かれ少なかれ、そんな状況でしょうね。各自が自己流で行なっている。どうやって服部プロセス流の効率の良い手順を教えたのですか?
羽田課長 当社標準のツールや仕事メーターの考え方、使い方などは全員を集めて講習会で説明しましたが、メンバー個々に改善して欲しい点については、一人ひとり個別に指導しました。例えば、経験者に多いのがショートカットを使わずマウスを使う人。当社にはショートカットの一覧表があるので、「これを使うと作業が速くなりますよ」とお伝えしたりしました。デイリー印刷の時は、当時は現場に張り付いて行いましたが、今はZOOMなどを活用してリモートで指導しています。
制作作業をスピードアップする具体的なポイント
中林 1回目の記事で、御社の「効率的なオペレーション方法を真似すると、M&A先企業の制作のスピードは2~3倍になる」というお話がありましたが、同じDTPのオペレーションで、どうしてそんなに作業が速くなるのでしょうか?そのポイントは何ですか?
服部社長 まず、一番はオペレーターが時間を意識することですね。多くの印刷会社のように時間の感覚なしに与えられた仕事を定時までにやれば良いという感覚を、この仕事はこのくらいの時間でやって欲しいという目標時間を与えることで変えることができます。
中林 オペレータさんはミスをしないように、きちんと制作したいと思っているでしょうから、ついつい時間をかけるのでしょうね。目標時間は誰がどのように決めるのですか?
羽田課長 目標時間は制作部門のリーダーが仕事内容を見て、自分の経験に基づいた感覚で決めます。といっても、現在は3人のリーダーがいるのですが、その3人の間で差はほとんどありません。「これだったら何分」という大体の判断基準があるからです。例えば、「名刺の改版」は「2分」とか。目標時間を立てるのはすごく大切だと思います。なぜなら、他の人ができるのに、自分が達成できない時、反省して工夫をするきっかけになりますからね。「ここを迷ったから目標時間を越えたのかな」といった感じで。実際、それを自分自身で出来ている人はすぐ伸びていきます。
そして、事前に制作用の素材を用意しておくことも、作業スピードを早くするポイントです。例えば、チラシの「何円引き!」というバクダン型のイラストの素材が必要な場合、そのイラストを誰でもぱっと探せてすぐに使えるように用意しておく。当社ではそういう素材をeBookに集め共有できるようになっていて各自がイチから作る必要がありません。
素材のデータベース画面
服部社長 そう言った素材のデータベースを作るのが上手いSEが社内にいるんです。そのSEが作るデータベースは検索もしやすいし、制作作業の自動処理とも相性が良くて、使いやすいんです。
羽田課長 それから、制作スタッフ同士で、作業スピードを競い合うことも効果的です。当社では昔から、例えばB2のチラシを4枚のB4に分けて4人で時間を競争していました。自分より速い人がいたら、どんなやり方をしているか聞いて、改善点を見つけて成長してきました。
中林 時間を意識すること、そして他の社員との競争により自分自身の現状を知ることが有効なのですね。ところで、M&A先の企業に行ったら、PCやソフトがバラバラだったり、サーバーやネットワーク環境などが古かった、といったことはありませんか?
服部社長 はい、よくあります(笑)。私はとにかく「遅いのが一番ダメ」と考えているのですが、多くの経営者は「まだ使える」と設備にお金をかけるのがもったいないと考えるのか、知識がないのか、分かりませんが、古くて遅いせいで時間が余計にかかることによって、時間コストがかかることを意識せず、それによって「損している」とは思っていらっしゃらないようですね。
中林 確かに、PCやネットワークのスピード向上は日進月歩ですからね。制作現場の環境を最新のものに変える際、一番最初にやることは何ですか。ファイルサーバーの更新でしょうか。
羽田課長 実はそもそも、ファイルサーバーがないところも結構あります。個人で外付けハードディスクを使ってローカルで作業していたり。服部プロセスグループに入ったら、規模の大小はあっても、全ての会社をグループ標準の同一環境にします。ファイルサーバーは金額的にも100万円ほどで導入できますから。もちろん、ファイルサーバーで全てのデータを一元管理することも徹底しています。実は、ファイルサーバーがない会社に新規で導入する方がやりやすいと言う面もあります。中途半端にファイルサーバーを導入して運用しているよりも、新規で導入する方が、ディレクトリの切り方などサーバー管理のルールを全くイチから設定できますから、PDFの自動生成など様々な自動化にも対応できるように構築できて、後々楽ができます。
服部社長 他には、PC1台につきモニター2台による二画面のワークスペースにしたり、机の上や中の整理整頓を徹底させたりしています。
机が古かったら新しくしますし、その中にきちんと仕舞えるように、できるだけサイドワゴンもつけるようにしています。棚も作りますし、とにかく、机の上を整理整頓して、キレイにしておきなさいと。モニター2画面の効果は1画面との違いを実験して効果が確認できました。
制作部門のモニター2画面による効率化の効果
制作部門のモニター2画面のデスク環境
あと、これまで見学させていただいた多くの印刷会社では納品が終わった過去の印刷物を営業が自己管理しているケースが多かったですが、そうなると、席のまわりとか、机の上とかに多くの印刷物が積み上げられてしまい、雑然としてくると思います。その中から、目当ての印刷物を探すのは至難の業ですよね。
当社では、過去の印刷物を工務の担当に渡すと、彼らが一元管理してくれて、個人で持たなくても良いようにもしています。全部ファイルに入れて、納品が完了した日付けで仕分けして管理していますので、誰でも後から納品日を確認して、ファイルを取り出して、簡単に探し出せます。今まさに動いている仕事については下版までの間はゲラなどがあるかも知れませんが、下版して印刷した時点で自分では持たないようにと指示しています。
過去の印刷物保管用ファイルの棚1
中林 なるほど、「探す」と言う無駄な時間がかかることは結構ありますからね。探す時間が長いと、それだけで生産性はどんどん下がります。
過去の印刷物保管用ファイルの棚2
服部社長 意外と、細かいことの積み重ねも大切なんです。常に積み重ねていると、気がついた時には倍ぐらいの生産性になっています。