「業態の枠を超えて新規事業開発に挑戦し続ける、東洋株式会社の成長戦略」
東洋株式会社 代表取締役社長 角 高紀 氏
第4回:BtoB から BtoC への事業転換

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 先の読めない世界情勢や、厳しいエネルギー事情等を背景とした諸資材の価格高騰など、印刷業界を取り巻く環境は急速に大きく変化しています。印刷業経営者として、この急激な変化の時代をどのようにして乗り越え、いかにして経営戦略の修正をして、自社を成長軌道に乗せれば良いのか。そのヒントとなる情報をお伝えするべく、当社主催で開催している経営セミナーにご登壇いただいた講師の経営者の方に、直近の取り組みを含む、その後の成長戦略について語っていただく企画「経営セミナー講師に聞く『我が社の成長戦略ストーリー』」の第2弾です。
 お二人目は、常に市場環境や競合状況の変化に対応し、業態の枠を超えて、次々と新規事業を立ち上げることで成長を続ける東洋株式会社(本社:北海道帯広市西10条南9丁目7番地)の代表取締役社長・角高紀氏です。全5回の連載を通じて、変化に立ち向かい、乗り越え続けることができる戦う企業風土のつくり方や新規事業立上げのポイント、今後の戦略などについてお伺いします。
 前回は、主要顧客(大手流通小売業)とパートナーとしての強い関係を構築し、顧客の事情を深く理解した企画・提案を行う営業体制を確立・深化させた経緯や、そうした経験を通じて得た知見を次世代に引き継ぐための仕組みづくりなどについて、お話しいただきました。

しかしながら、順調に売上を伸ばしてきていた矢先に、コロナ禍でメインのチラシの仕事が大きく減少、コロナ禍前から注力してきたWebマーケティングの仕事も顧客自身が行うようになって内製化が進んでいくことになってしまいました。第4回目となる今回は、BtoBビジネスの限界を感じたことでBtoC事業への転換を本格的に決断した背景や現在の状況、今後の展開などについて、角社長と専務取締役・井上雅之氏、取締役印刷事業部長・加藤雅章氏の3名にお話をお伺いします。聞き手は富士フイルムグラフィックソリューションズ株式会社で経営セミナー事業の企画・運営を行なっている営業本部 中林鉄治です。

角社長
角社長
井上専務
井上専務
加藤役員
加藤役員

■BtoCへの転換。地の利を活かした品質重視のECサイト『食べレア北海道』

食べレア

中林 前回(第3回)は、競合大手の北海道への本格進出を想定して立ち上げた、地域限定型コミュニティサイト『TONxTON』などについて詳しくお伺いしました。この『TONxTON』もそうですが、東洋様が開発・提供されるインターネットを活用したサービスは、他の印刷会社様ではあまり事例がないと思います。今回ご紹介する『食べレア北海道』も、そうした特徴のあるサービスです。その『食べレア北海道』について、ご説明いただけますでしょうか。

角社長 『食べレア北海道』は、北海道のレアなごちそうをお取り寄せできるBtoCサービスになります。「北海道で生産・製造されている商品のみを取り扱う」「商品は全て生産者が責任を持って販売」「趣味での生産・製造ではなく、事業として活動している生産者のみが登録」といったこだわりを持って運営していて、販売している商品は北海道在住の「食べレア・バイヤー」が独自に発掘しています。2023年8月23日時点で、掲載生産者数 約315件・1,544商品となっています。現在、専属・兼務含めて20名ほどの当社のスタッフがこのサービスに関わっています。

食べレア2

中林 東洋さんのポータルサイト『TONxTON』の中にも、『TONxTONマーケット』がありましたが、これと『食べレア北海道』の違いはなんでしょう?

角社長 コンセプトが全く違います。『食べレア北海道』は品質重視という戦略を前面に打ち出しています。また、希少性の高い「レア」な商品を揃えています。名前の通りです(笑)。日本には既に様々な大手ECサイトがありますが、我々が調べたところ、北海道の食材に特化していて、我々の脅威となるぐらい大きいECサイトは見当たりませんでした。そこで、「地の利」を活かすことができると判断して、このサイトを立ち上げました。

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中林 『食べレア北海道』のヒット商品をいくつか教えていただけますでしょうか。

井上専務 たくさんありますが、例えば、十勝産グリーンアスパラガス「龍の髭」。龍のごとく空に向かって勢いよく育ったとても太い露地アスパラですが、この商品名は当社で考えて商標登録もしています。購入者様には専用の箱に入れてお送りしているのですが、この箱も当社でデザインしました。

角社長 他には、「十勝・アワード受賞チーズセット」という、権威あるコンテスト受賞のチーズ4種類の食べレア限定の特別なセットもご好評いただきました。それは今後も展開しようかと考えています。

井上専務 通常、『食べレア北海道』で販売している商品の多くは、当社で在庫を持っていません。しかし、先ほどご紹介したチーズセットは、倉庫に在庫を持って販売しました。アソート系商品、複数種類の詰め合わせ商品を作るには、ピッキング作業が発生します。大手食品卸売会社は人手が足りないので、そうした商品の開発・提供がなかなかできません。しかも、その商品が当たるかどうかもわかりませんし。ピッキング作業ができる当社の強みを生かして、今後もスイーツの詰め合わせセットなど当社でしか扱っていない商品を開発・提供していきたいと考えています。


■これまでに蓄積したノウハウ・リソースを組み合わせて実現

中林 『食べレア北海道』を立ち上げたきっかけをお話しいただけますか?

井上専務 第1回でもお話ししましたが、コロナ禍で2021年3月期の売上が約20%減少しました。コロナ禍でお客様がチラシを止めざるを得なかったためです。また、チラシを打たない流通系の会社さんも増えています。例えば、「チラシにかけるコストをギュッと絞って、その原資で商品の価格を下げてお客様に還元する」というビジネスモデルで事業を拡大しているドラッグストアさんなどもいらっしゃいます。

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 一方で、当社が力を入れていた、流通系の顧客向けのWebマーケティング支援サービスも、お客様側でそのノウハウを蓄積してきていて、コロナ期間中にお客様自身で内製化を進めるところが増えました。その結果、当社のWebマーケティングの仕事からの売上も厳しくなりました。

角社長 こんなに売り上げが落ちたのは当社の創業以来だということで、全社員が危機感を持ちました。ただ、今となっては売上がガツっと一気に落ちたのは逆に良かったかな、と思っています。売上が32億まで右肩上がりで伸びていった頃には、結構目には見えないんですけど、慢心してた感じはあったので。黙ってても会社が伸びてる、という意識というか。

井上専務 確かに、社員1人1人の危機感が足りない印象でした。だから、コロナ禍で危機感を醸成させることも意識しました。一方で、覚悟を決めた部分もあって、“ジタバタしても仕方ないから仕事を取りに行くな”言って、社員に今まで時間がさけなかった“勉強”をさせました。それぞれがステップアップするための時間を取り、レポートもたくさん書かせましたね。

中林 そうした状況で、ECサイトをスタートした理由は何だったのですか?

井上専務 東洋印刷から印刷を取って「東洋」へと社名変更したのは、2020年4月1日。その5月には売上が大きく減ってしまいましたので、6月~7月くらいには『食べレア北海道』について検討を開始していました。これまでに蓄積した知見や、当社にあるリソースの棚卸をして、それらの組み合わせて実現できるビジネスモデルを考えていましたが、流通の仕事をやっていたこと、十勝の名産品の物販サービス『TONxTON』マーケットをやっていたこと、ネット広告を手掛けていたことなど、これまでの経験とリソースが大いに役に立ちました。

角社長 井上専務が言った通り、今あるリソース・資産、さらには北海道という地の利などを最大限活かすことを考えたときに、次に取り組むべきことは自ずと『食べレア北海道』になりました。
 もともと当社の特徴として、『できることの引き出しをどんどん増やす』ことが挙げられます。引き出しを増やすことでお客様に提供できるサービスが増えて、お客様も我々のことをより使っていただけるようになる。実際、以前は印刷物しか作れなかったけども、いろんなことができる会社だということで、売り上げを伸ばしていきました。

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井上専務 当社は、大したリスクじゃなければ、「やってみなはれ」じゃないけど、とりあえず一歩前に進めておくという文化なんですよ。『TONxTON』マーケットの時も、少ない担当者に、勉強させながら進めていくという感じでやっていました(笑)。その中で、印刷物の仕事やパッケージの仕事に繋がることもありました。


■本業をアシストする新規事業を通じて、様々な経験やノウハウを蓄積

中林 先ほど「蓄積した知見・リソースを組み合わせて実現した」とおっしゃいましたが、組み合わせた知見・リソースについてもう少し詳しく教えていただけますでしょうか。

井上専務 まず、メインの取引先が流通だったことが挙げられます。『食べレア北海道』につながるストーリーを作るのに、流通に関わるリソースを組み合わせるのが最適でした。商品の知識も持っていますし、スーパーさんがどういう売り場を作ってどうだったかっていう知見もあります。もし流通を担当していなかったら、時間もコストももっとかかったと思います。

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また、ECサイトやポータルサイトを作る知見を持っていたことも大きい。デザインや商品の撮影なども自社でできますから。『食べレア北海道』は今まで蓄積してきた知見の延長線上で可能になりましたし、現在はそれらの知見をさらに研ぎ澄まさないといけないという段階に入っています。

中林 ECサイトでの売り場作りの知見を得たのは、第3回でお伺いした「帳合」のお仕事を通じてだったと理解しています。全国のいろんな会社さんにお伺いしていますが、帳合というお仕事について初めて教えていただいたのが御社でした。東洋さんが帳合を行われるようになられた経緯についてお聞かせ下さい。

井上専務 ある全国資本の流通さんから「北海道の商品を紹介して欲しい」というご依頼があって、お繋ぎしたのが最初でした。その流通さんのご担当者は大体数年くらいで異動されるので、地場メーカーさんを発掘したり関係を深めたりするのが難しい。しかし、当社は北海道で70年やってる会社なので、地場のことを良く知っていて、関係性もしっかり持っています。小売店で陳列棚の端にある棚や台のことをエンドと言うのですが、このお客様とのお取引の中で、一番目立つエンドを我々で扱わせていただいて十勝の商品を中心に販売したこともありました。

角社長 帳合は、売上を立てると言うよりも、自分たちのノウハウを蓄えるために行いました。やはり経験するのはとても大事ですし、実際、このノウハウも『食べレア北海道』につながっていますから。

井上専務 本当に、この経験はいろんなことに繋がりました。ある流通大手さんから「ギフトカタログにある北海道の大手メーカーさんの商品を使いたいので繋いで欲しい」と言うお話をいただいてお繋ぎしたりとか。そのときはお金はいただいていませんが、流通大手さん・大手メーカーさん双方との関係を深めることができました。

加藤取締役 もちろん、パッケージやリーフレット、カタログ、ポスターといった印刷の知見も重要な要素です。きちんと商品を撮影して、トーン&マナー、ブランドイメージを大切にしたサイト制作をすることで『食べレア北海道』に出品されている生産者様から、印刷に関わるご依頼をいただくことにもつながっています。

井上専務 お客様にはネット上で商品を表現しているところをご覧いただいているので、それをポスターに置き換えたり、リーフレットとかカタログに置き換えることは十分考えられる。そういう印刷物のノックツールにもなっているというか。考えてみると、当社は印刷、本業にアシストできてない仕事はやっていないんですよね。

角社長 確かに振り返ると、当社の新規事業は何かしら本業との関わりがありますね。本業のアシストをしながらも、できればそれが独立して事業になればいいよね、といつも考えています。いきなり不動産に投資したり、と言うことは当社はやりません。

中林 M&Aについては、どのようにお考えでしょうか。御社はM&Aを一切されていらっしゃいませんが。

角社長 当社がM&Aするのであれば、尖った技術とかノウハウなどをお持ちで、当社と一緒になるとシナジーが生まれる会社さんとが望ましいです。持続的に成長可能なシナリオが描ける会社さん、というか。おそらく、印刷会社さんのM&Aの可能性は低いと思います。我々は、印刷業だけに特化しない会社なので。


■コンテンツの拡充、データ分析、広報宣伝活動などを通じて、ネット販売の知見をさらに拡充

中林 これからの『食べレア北海道』の展開について教えてください。

加藤取締役 ひとつは、生産者様を全面に打ち出したコンテンツの充実です。最近は、「生産者を訪ねる」といったコンテンツを増やしていっています。やはり、生産者様の顔が見える、生産者様との繋がりが充実しているサイトは見る方に信頼感を持っていただけますから。

井上専務 生産者様とのネットワーク作りにも力を入れています。先日、生産者様を集めて懇親会を開催しました。1回目は細々とでしたが、2回目、3回目と規模を大きくしながら続けていく予定です。
 また、さらに深くデータを分析することで、マーケティングの精度も高めていきます。まだまだ、集客やリピート率向上、商品構成、価格設定などの効果・効率を、我々は高めることができると考えています。現在、そのための仮説を立てて検証する仕組み作りも進めています。

角社長 データの分析結果を表現にどのように反映させるか、などにも取り組んでいます。『食べレア北海道』は、自分たちで商品を発掘したり加工品を作ったり、それらをネット販売をしたりする実証実験の場でもあります。お客様にネット販売ビジネスを提案したり、コンサルティングしたりするためには、自分たちで知見を蓄える必要があります。

井上専務 実は、10年ぐらい前に自分たちでコンビニを経営してノウハウを貯めようという計画もありました。ただ、その時は、法人はダメということで、やらせてもらえませんでしたけどね(笑)。しかし、ネットで自分たちの媒体を使ったビジネスだったら、誰からも文句を言われない。失敗しても自分たちのせいですし、そこで得た成功体験も自分たちのものです。その成功のノウハウをお客様に提供する。やはり、成功体験者の言葉は熱と重みが増しますし、腹落ちもしますから。

加藤取締役 パッケージやリーフレット、商品カタログといった、印刷の仕事に繋げる取り組みも進めていければと思っています。『食べレア北海道』を始めるに当たって、例えば、撮影スタジオの備品をしっかり揃えたり、キッチンをつくってそこで料理して撮影したりできるようになりました。記事もライターさんに質の高いものを書いていただいています。こうした質の高さをアピールできる営業のセールス話法をしっかり整えることで、印刷の仕事も増やしていければと考えています。

角社長 コンテンツの充実やデータ分析の取り組みと並行して、広報宣伝活動にもさらに力を入れていきたいと考えています。これまでは魅力的な商品のおかげで売上が伸びてきましたが、コンテンツやデータ分析力が足りなかったので、それほど積極的には宣伝していませんでした。でも、もう準備もかなり整ってきたので、間もなく積極的に宣伝を始める予定です。

中林 ありがとうございました。第4回のお話はここで終了とさせていただきます。次回、最終回である第5回は、東洋様がさらなる発展のために進めていらっしゃる組織作りや新たなビジネス構想などについて、お話を伺いたいと思います。次回もよろしくお願いいたします。

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